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●宇治橋
「瀬田の唐橋」と「山崎橋」と共に、日本三古橋の一つに数えられる橋である。琵琶湖から流れでる唯一の川である宇治川に架かる。橋の中央部には、太閤秀吉が茶の湯を汲ませた「三の間」がある。現在も「茶まつり」ではここから水を汲んでいる。橋詰には、宇治橋が架けられた経緯が刻まれた「宇治橋断碑」や紫式部像がある。 |
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●行者橋
知恩院さんの近くで白川に架かる一本橋。比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が粟田口の元三大師に報告した後に最初に渡る橋で、阿闍梨橋とも言われる。江戸時代には、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る「曲渡り(曲差し)が有名だった(看板より)。2009年戦後13人目の大阿闍梨が誕生されたがここを渡られたかどうかは、定かではない。 |
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●両橋
昭和13年に架けられたコンクリート製のアーチ橋。大きなアーチと小さなアーチが組み合わされ、意匠に優れた橋である。この橋は菟原村が村有林を伐採してまで架けた、まさに村人悲願の架け橋であったのだろう。両橋は2009年1月、土木学会選奨土木遺産に選ばれた。 |
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●てんきてんき橋
竹野川の河口に位置し、背後に座する一枚岩の「立岩」があたかも日本海の荒波から守っているかのように見えるこの橋は、木製のアーチ橋である。夏には橋の元にあるキャンプ場が人で賑わい、この橋も多くの人が行き来する。木でできているが意外と重量感があり、強風にもびくともしない安定感が感じられる。この橋の傍らには聖徳太子の生母、間人(はしうど)皇后の像が海の安全を見守るように佇んでいらっしゃる。 |
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●恋路橋
木津川に架かる潜没橋。対岸には恋志谷神社がある。鎌倉時代末期、隠岐に流された後醍醐天皇を慕い、この地で自害した女官を祀ったのが、この神社の始まりだと言われている。そのような由来から、この神社は恋志谷神社と称され、恋愛・縁結びの神社として今日に至っている。 |
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●岡田橋
石造単アーチ橋で、昭和21年に由良川支流の岡田川に架けられた。琵琶湖疎水で有名な田辺朔朗博士が設計したとも言われている。また明治期の石橋としては、京都府に現存する2橋のうちの1橋であり、歴史的にも非常に貴重な建造物であるが、今はその役目を終え、親水公園内にひっそりと佇んでいる。 |