「(私たちの)会社がスタートした(2000年)頃は(株式会社デンソーを含め各社とも)ナビゲーション(関連の機器開発)が隆盛で、その先(の自動車をめぐる技術的なトレンド)はどうあるべきかという(観点から様々な)話がありました」
自動車に関する各種技術や製品を提供するデンソーのグループ会社として設立された株式会社デンソーアイティーラボラトリは、そのような時代の要請を背景に、先進の情報技術(IT)に特化した研究開発機能を担う使命を帯びることになりました。巷間、IoT(モノのインターネット)の話題が広がり続けている昨今、クルマもネットワークとの繋がりへの傾斜が増し、クルマを取り巻く環境は大きく変わりつつあります。例えば、クルマが単なる移動手段としてではなく、それ自体の知能化や自動運転など、そのもたらす新たな価値への注目が高まってきている、と同社研究開発グループのシニアリサーチャ、マネージャーである吉澤顕氏は見方を述べます。
今回ご紹介するユーザーは、自動車をはじめ生活の様々なシーンをサポートする数年先のIT活用について研究開発を行う株式会社デンソーアイティーラボラトリです。そのうち、研究開発グループにおいて認知科学やユーザーインターフェース(UI)の分野を中心に取り組む「HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)チーム」に焦点を当てます。
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▲株式会社デンソーアイティーラボラトリ オフィス |
同社では、HMIの観点からクルマのコックピットがどうあるべきかの研究を始めていた5年ほど前、フォーラムエイトの3次元(3D)リアルタイムVR「UC-win/Road」を導入。以来、研究開発のためのシミュレータとしてはもちろん、効果的なデモンストレーションのツールとしてもフルに活用。さらに、UC-win/Roadの潜在的な可能性を引き出しながら、新機軸の発掘に繋げるべく努めています。
株式会社デンソーアイティーラボラトリは2000年8月、デンソーが築き上げてきた市場や技術力を活用しながら研究開発に特化した事業を行うグループ企業として創業しました。デンソーは自動車分野をはじめ、生活関連機器や産業機器など幅広い領域の製品・サービスを提供。これに対し、デンソーアイティーラボラトリはそこでの数年先の製品化を視野に、先行的に研究開発する役割を担っています。
デンソーアイティーラボラトリで取り組む研究分野は、1)「あんしん運転」の実現に不可欠な、クルマの目となる技術で、産業用ロボットやエンターテインメントなどへの多様な応用も期待される「画像認識」、2)音声対話による目的の情報へのアクセスを可能にする情報インターフェースにおいて、音声認識で得られた発話の内容を理解するための「自然言語処理」、3)モノを動かすために必要な、センサーからの観測値を補正し、信号を検出し、制御入力に変換するという3つの要素に関わる「信号処理・制御理論・時系列解析」、4)安全性も考慮して使いやすく人と情報機器(モノ)を繋ぐための「認知科学・UI」(HMIなど)― の大きく4つから構成されています。
▲株式会社デンソーアイティーラボラトリ 研究分野
これまでに開発された主な成果は、「画像認識」分野では(1)複数の物体をリアルタイムで認識できる技術「SPADE」(2)交通事故減少に向けた、ディープラーニング(深層学習)などを活用した、歩行者検出などの検出技術や、そのノード分散型の学習手法、(3)自動運転に向けた高精度地図の自動生成技術など、「自然言語処理」分野では様々な言語で書かれた文章から単語の種類を判別するソフトウェア、「認知科学・UI」分野では(1)クルマがドライバーの状態を把握し、行動を先読みすることで注意をそらすことなく情報を提供するHMI(2)ドライバーの運転負荷および漫然状態の推定技術(3)他のアプリやWebサービス・コンテンツと連携してそれらが提供する位置情報をカーナビに転送するスマートフォンアプリ「NaviCon」―
など多彩な技術や製品にわたります。
同社には現在、約30名の従業員が在籍。設立に込められた理念を反映し、トップマネジメントと総務の数名を除く全員が研究開発グループに所属。世界トップレベルのITを駆使し、「豊かなカーライフの創造」および「魅力ある新しい価値の提供」を目指しています。
もともとデンソーのノウハウをベースとして製品化を図るべく努めているとは言え、その研究開発テーマはクルマ、あるいはデンソーの既存の製品ラインアップに限定されるわけではありません。つまり、「デンソー」の名称を冠しているため、自動車向け業務を専門としているようなイメージを持たれがちですが、実際にはクルマはもちろん、あらゆるモノがネットワークで繋がろうという流れの中で、それぞれ異なる技術やバックボーンを有する研究者らが将来の幅広い製品展開を見据え、自由な発想で研究を進めています。
その一端として吉澤氏は、同社には必ずしも自動車をバックグラウンドとしていない、いわば「クルマ文化に染まっていない」社員が少なくない、と明言。「こういうモノがあればうれしい」といった観点に立ち、ユニークな提案が自主的になされるよう、環境づくりも配慮されているといいます。
そうした中から、多様なライフログと連携してスマートに整理できるライフログビューワアプリ「DAYS7」など、クルマに限らず広く生活シーンで利用可能な技術も次第に製品化されてきています。
同氏は特に、クルマを取り巻く環境の変化も含め、ソフトウェアへの近年の比重の高まりに注目。今後、自身らが研究開発してきた成果がこれまで以上に本格的に世の中へ出ていく、まさに同社にとって重要なフェーズを迎えつつある、と説きます。
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▲株式会社デンソーアイティーラボラトリ 研究開発グループ
シニアリサーチャ、マネージャー 吉澤顕氏 |
望ましいHMI探る研究を機にUC-win/Road導入 |
「HMIチーム」は、認知科学・UI分野の中で、主に安全・安心なクルマの実現に向けた研究開発をターゲットとし、専任の3人の研究者を軸に構成。プロジェクトに応じて他の研究者とも随時連携しながら活動しています。吉澤氏はそこで自らの研究とともに、チーム全体のマネジメントも担っています。
同氏らがUC-win/Roadの導入に至る契機となったのは、5年ほど前に取り組んでいたクルマのコックピットにおけるHMIに関するプロジェクトでした。「クルマの中にはナビゲーションの画面をはじめ様々な部品があり、それらが勝手に何か警報を発したり、やり取りしたりするのではなく、コックピット全体として統一された考え方の下に設計されていなくてはいけないはず」と発想。では、どういうコックピットであるべきかを探るため、自社内にある部品などを寄せ集め、フレームでクルマの形を作っていました。
ただ、当初はハンドルなどがあるとは言え、前面のスクリーンに動画を表示し、運転しているつもりになれる環境を用意するところからスタート。そもそもドライビングシミュレータ(DS)を保有しておらず、シミュレーションの機能までは想定されていませんでした。
フィージビリティスタディの一環として作成したところ、それを見たデンソー本社の担当者が「それならお勧めのソフトがある」と助言。UC-win/Roadを紹介されたといいます。
▲UC-win/Roadをベースとした研究用DSを活用
「(UC-win/Roadを)触ってみた最初の印象は、(シミュレータとしての様々な機能があり)結構いろいろ出来そうだなということ。あと、グラフィックスも工夫次第では、リアリティのあるきれいな街並みを作れそうだなと思いました」。加えて、対応するコントローラーなどスケーラビリティが高く、作成したデータをパソコンに入れ社外でのデモなどに手軽に持ち運びできる融通の良さ(ポータビリティ)にも魅力を実感した、と同氏は語ります。
UC-win/Roadが採用されたことでシミュレーション環境が整い、望ましいHMIを探る研究は本格的に始動しました。
「本当にリアリティを追求するなら、実車の環境が良いのです」。しかし、余所見や漫然運転といった安全運転に関わることを実車でやろうとすると、事故の危険性は避け難い。また、実際にクルマで屋外を走行するといろいろな事象が付随して生じ、再現性の面で問題があることなどから、今回の研究ではシミュレータが必須のツールになった、と位置づけます。
それでも、当時のUC-win/Roadに搭載された機能のみでは研究テーマをカバーしきれない面があり、製品を一部カスタマイズ。検討対象のHMIシステムとシミュレータの中の情報を連携させ、ユーザー側のシステムからネットワークを通じてコマンドを送ると、それを反映してシミュレータ内のクルマの動きが変化するようになるなどの改造を行っています。吉澤氏はそうした当社の柔軟なカスタマイズ対応も大きな利点として挙げます。
同チームでは現在、UC-win/RoadをベースとするDSを構築。様々な危険要因を設定し、被験者の運転や、それを補うHMIに必要な機能の評価・研究に利用。併せて、自社への見学者や各種展示会での自身らの研究成果のデモンストレーションに有効活用しています。
UC-win/Roadを導入した当初は、ドライバーの運転をサポートするという観点から、カーナビやメーターなどを統合し、その付加価値を上げることを目指しました。ところが近年はADAS(先進運転支援システム)や自動運転などを視野に、「制御系まで含めたドライバーとの連携が大事になってきている」との見方を提示。そういう評価ではますますシミュレータの役割が大きくなる、と吉澤氏は解説します。
例えば、そこでは自分が運転するクルマが単独で走行している状況はもちろん、複数のクルマや人が通行する状況で、ドライバーと歩行者間、クルマ間の協調などいっそう複雑な環境を表現する機能も求められる、と指摘。そのような多くの難題に対してもUC-win/Roadの活用によりクリアしていきたい考えといいます。
一方、ソフトウェアを成長させるにはその利用を通じてデータを蓄積し、それを基にソフト自体を洗練させるというサイクルが重要になります。それはシミュレータや、クルマが通信機能を持つ「コネクテッドカー」も同様で、いろいろな人に体験してもらうことにより使われ方に関するデータが集まればソフトは賢くなっていく、と同氏は述べます。
「そういう意味でも、クルマはただ単に走るためのモノではなく、動く端末のように捉え、データを活用していくという観点が求められてきます」
▲HMIチームの皆さん
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