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ユニバーサル・コミュニケーションデザインの認識と実践

太田 幸夫
ビジュアル・コミュニケーションデザイナー、太田幸夫デザインアソシエーツ代表
特定非営利活動法人サインセンター理事長、多摩美術大学 前教授
LoCoS研究会代表、日本サイン学会理事・元会長、日本デザイン学会評議員
一般財団法人国際ユニバーサルデザイン協議会評議員
A.マーカスデザインアソシエーツ日本代表
 

Vol.4 日本発非常口サインが国家規格から国際規格に
   
著作権開放と知財立国
筆者がデザインに直接関わった非常口ピクトグラムは、日本発国際標準化を成功裏に果たした代表例として高く評価されている。けれども当初、「著作権を開放してほしい」と当局から頼まれた。理由は「みんなが使う物だから」という。そのデザインを使って数知れず非常口サイン製品を製造販売してきた日本最大手の工業会にとって30年来ドル箱でありながら、デザイン料は無料であった。著作権開放を要求した当局はその後、日本の新しい国是は技術立国に代って知財立国だと公言している。
デザイン界の法王と呼ばれた勝見勝に勧められて筆者は1972年に「目で見ることばの研究所」を創設した。当時はすでにISO(国際標準化機構)で非常口サインのピクトグラム化が検討されていた。国内で初めてもつ検討会に筆者は毎度呼ばれ、ピクトグラム開発について意見を求められた。
デザイン制作の段階になって、実費すら国費で予算化されず、工業会も負担肩代わりを断ったので、ピクトグラム化は宙に浮いていた。そうした中、1972〜73年、大阪と熊本でビル火災が発生。260名余りの死者が出た。

アイデア募集で出費 20倍
当時は10W蛍光灯1本の内照式サインに10cm程度の非常口3文字だけが表示されていた。これが煙の中では見えなかったのではないか、と追求された消防当局は、文字だけの巨大サイズ を全国に取り付けた結果、いかにも危険地帯の様相が出現。インテリアを損ねると物議を醸し出したため、当局は非常口ピクトグラムのアイデア募集に踏み切った。
全国公募に先んじて勝見勝を含む10名ほどの講師の公開シンポジュームが開かれ、非常口サインのピクトグラム化がとりあげられた。続いて全国から寄せられたデザインアイデア3337点の中から、識別性テスト、デザイン評価、心理テスト、照明実験、煙の中での視認性の評価を経て、入選作(図1小谷松敏文)を選出。公募要項に従ってデザインの完成度を高める下記の作業(日本サインデザイン協会会長竹岡リョウ一、顧問浜口隆一の協力)を終えて1982年、全国施工に踏み切るとともに、ISOに日本案として提案された。
 
■図1
公募ポスター制作費、シンポジューム関係費、公募関係事務経費・人件費、総合評価試験とその報告レポートと全文英訳費などで出費がかさんだ。賞金なしで安くすむと思った公募の費用が 当初示した筆者のデザイン料の20倍になったけれど、批判の声は全く聞かれなかった。工業会がそれほど潤ったからだ。

日ソ対決とデザイン修正
東京地下鉄サイン文字と Signs in Japan誌編集長の実績をもつ鎌田経世、非常口サインデザインの大切さを啓蒙したルポライター坂野長美と共に筆者は、入選作アイデアをもとにデザイン作業をスタートさせ、58点のデザインバリエーションを制作した。委員会で図2が選ばれた。ただし避難誘導システム分科会田辺委員長からは、伸ばした足の先に陰をつけるように条件づけられた。
■58点のデザインバリエーション ■図2
そのままでは壁の陰と接近しすぎる。足の角度を変えるだけではバランスが崩れる。全身を微調整して図3の形にした。再度科学テストにかけてデータを確認した消防庁は1980年、図3を日本案としてISOに提出した。ISOでは数年前から各国の案を審議しており、ソ連案(図4)が国際規格案に決定していた。
■図3 ■図4
朝日新聞は「万国共通図案めぐり日欧戦争」と題したスクープを報道。NHKテレビではデザインの押さえどころを筆者が解説した。毎日新聞は「非常口どっちがわかりやすい/日ソ対決」と書き立てた。ソ連からは正式抗議文が日本に届いた。政府の意向を受けて筆者はデザインの立場から反論した。視認テストによる日ソ両案の比較データや英文報告レポートも効果あってソ連は自らの案をとりさげた。けれどもフランスとイギリスから日本案の一部修正要求が出た。ピクトグラムの下端を閉じる(図5)、左右の壁下にも足先と同じ白いスリットを入れる(図6)というもの。前者を前提に1987年、日本案の国際規格化が決まった。
■図5 ■図6
前者の修正によってピクトグラムは閉じられてしまう。閉じない場合は、走る人型を囲む空間が見る人を包む空間とつながって走る人は見る人の投影になる。ISOの安全標識は全て丸、三角、四角の枠で囲む。枠の形と色で避難、火災、指示、禁止、警告を区分するため、四角は四角に閉じなければいけないと思い込む。形は全てエッジで認識されるので新聞の文字を枠で囲んだら読めなくなるのだ。
もう一つの修正案も問題。走る人の足が床から離れて避難の動きを表わし、建物とその陰は離れない。この動と静の重要な対比が修正によって破壊されてしまう。論理性を重んじる欧米文化は形の形象化には適していないようだ。

視覚言語の共通性こそ大切
日本案がソ連に代わって国際規格になった非常口サインは、国際標準化の模範と見なされている。けれどもそれがソ連デザインを日本デザインが駆逐したことを意味するだけなら、筆者の違う考えを伝えておきたい。
事前に意見や情報を全く交換していない日ソ両国が、ほとんど同じデザインを生み出したという事実にこそ重大な意味がある。「非常口」というような難しい複合的意味概念を、どのように視覚化するかと時、そこに重要ないくつもの共通性が得られたということにこそ、現代社会にとって大切なのだ。外国語教育に一層の期待をするよりも、地球市民として共有の社会資産と言える視覚言語を一緒に育てることが歴史的に見てもますます重要になっているからである。
日本の非常口サインは2000年10月以降、蛍光灯に代わって直径4.6mmの冷陰極管が採用された。高輝度なので、設置間隔が10m長くなり、サイズも縦横10cmまたは20cm(大型施設は一辺40cm)の正方形となって、インテリアを損ねる心配が少なくなった(図7)。
日常学習効果が見とれたら削除という条件付きであった文字は消えたので、ピクトグラムだけを表現すればよい。ただし矢印の表示面を削除して、非常口の形の中に矢印を混在させてしまった。費用対効果で生産性を優先する結果となった。著作権と著作者人格権を侵害した荒技である。改変に際し現著作者には何の相談もない。ここに第三の問題が横たわっている。
  画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
■図7 ■矢印を混在させた例
 
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(Up&Coming '14 秋の号掲載)
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