|
||||||
|
||||||
|
世界に誇る「なまはげの文化」「ジオパーク」 男鹿市(男鹿半島)は、前述のような地理的要因もあってその北方との経済的・文化的交流の歴史は古く、世界文化遺産に登録される北海道の縄文遺跡で発掘された土器にもその痕跡を辿ることが出来るといいます。また、中国東北地方を中心に7世紀末から10世紀初頭まで栄えた渤海からの使者が何度も訪れているほか、中世の蝦夷や千島などとの交易、江戸時代から明治時代にかけては北前船の寄港地としてなど、海運を通じ時代を越えて重要な役割を果たしてきた経緯があります。そのような中から大和とアイヌが融合するユニークな文化が形成され、地名や言葉などには現在もなお、その名残をとどめています。 特に当地を語る上で欠かせないアイテムが「男鹿のナマハゲ」。これは1978年に国の重要無形民俗文化財に指定され、2018年にはユネスコ無形文化遺産に「来訪神:仮面・仮装の神々」の一つとして登録されています。菅原市長は、その様々な景勝地や食に加え、長年にわたり育まれてきた「なまはげの文化」を世界に誇る地域の魅力と位置づけます。 また、寒風山や男鹿三山、男鹿半島海岸部を中心に男鹿市の1/3に相当するエリアは1973年に男鹿国定公園に指定されており、市では貴重な景観や地質学的価値に配慮しつつ防災や教育、観光に資する持続可能な開発を推進。さらに男鹿市と、その東側に隣接し八郎潟の干拓により誕生した大潟村の全域をカバーする「男鹿半島・大潟ジオパーク」は、2011年に日本ジオパークとして認定されています。
滞在型観光への転換ソリューションとしてWebVR/AR活用へ 市域に名所や史跡などの多彩な観光スポット、あるいはなまはげを始めとする独自の伝統文化を有する男鹿は、古くから多くの観光客を惹きつけてきました。ただ交通網の発展とともに、観光のウェートは次第にかつての滞在型から通過型へとシフト。観光産業の振興に力を入れる市では、その流れをいかに滞在型へ再転換させるかが課題となっていました。 同市においてジオパークや文化財から芸術活動、スポーツにわたる管理運営を担う観光文化スポーツ部文化スポーツ課。その中で主に「男鹿半島・大潟ジオパーク」や文化財の保護・活用に携わる竹内弘和主幹は、各景勝地の成り立ちや文化財の来歴などを学ぶうち、それらについてより多くの人々に「楽しんでもらわないと、もったいない」と実感。ジオパークガイドや史跡のボランティアガイドなどが組織化されてきたとは言え、「それだけではちょっとケアが足りない」との思いがあった、と振り返ります。 そのような折、以前より個人的に活用可能性に注目していたWebVR/ARが同じ秋田県のにかほ市で導入(2022年4月、それを用いた観光サービスがスタート)されたのを知り、早速当該WebVR/ARを体験。その優れた表現力に興味を覚えたのを受け、自身らが担当する男鹿市のジオパークや文化財に適用することでこれまでになかった情報発信の仕方や魅力の提供に繋がるのでは、と着想。その具体化に向けた取り組みが動き出しました。
「寒風山ジオサイトVR/AR」構築の狙いと効果 男鹿半島の玄関口に位置し「男鹿のシンボル的な存在」(菅原市長)とも称される寒風山。山の大半が草原で覆われた独立峰は標高355mと低山ながら、山頂から眼下の日本海を始め遠くに白神山地や鳥海山を望めるほか、秋田市街へと続く夜景など、360度の大パノラマを楽しめるのが特徴。周辺には「鬼の隠れ里」や「滝の頭湧水」などの見所も集積。数年前からは環境保全の狙いもあって山焼き(毎年4月)を復活させるなど、市民や観光客に人気のエリアです。 今日の山容がもともと火山活動により生まれたことは広く知られており、山焼きの成果として噴火口跡の窪みや溶岩じわ、崖などが以前と比べて分かりやすくなっていたものの、来訪者の大部分は山菜採りや景観を堪能するなどして終わりということになりがちでした。そこで出来るだけ多くの人に「どこで火山の噴火が起き、そこからどのように溶岩が流れて今のような地形が出来るに至ったのか、ということを知っていただきたい」(竹内氏)との狙いから、同市の「寒風山ジオサイトVR/AR」導入(2022年度)に繋がっています。 具体的には、寒風山の頂上付近に5カ所の体験スポットを設置。そこの看板から二次元バーコードを読み取り、ガイドに従い操作していくとスマートフォンなどの画面を介して、寒風山の過去の火山活動や火山地形形成の様子をARにより体験可能。併せて、「【寒風山ジオサイト】観光案内所」のウェブサイトにアクセスすると、VRでも同様に再現できます。 「山頂付近の噴火口から溶岩が流出し周囲を埋め尽くしていく様子が非常に分かりやすくなりました」。菅原市長はその従来型の説明にはない、直感的に楽しみながら学んでもらえるメリットを受け、寒風山の更なる魅力発信に繋げていきたい考えを述べます。
伝説とともに九九九段の石段を体験、「赤神神社五社堂AR」 「なかなか訪れにくい場所ですけれど、一度訪れた人はその神秘的な魅力に惹かれるところ」 ―― 菅原市長がそう形容する、赤神神社五社堂。その魅力を多くの人に知ってもらうとともに、市民にもその伝説のロマンを再認識し誇りを持っていただきたい。その上で新たな観光スポットになって欲しい、と市長は「赤神神社五社堂AR」構築(2023年度)に込められた期待に触れます。 赤神神社五社堂は男鹿半島の南西端に位置し、鬼が築いたと伝わる九九九段の石段は「なまはげ」伝説の起源ともされ、赤神権現堂内の厨子や五社堂は国の重要文化財に指定されています。とは言え、山の中腹にあり、九九九段の石段を登った先にある五社堂へのアクセスは特に高齢者や足の不自由な人にとって容易でないのが実情。そこで、最寄りの駐車場奥にある男鹿図屏風の看板(県指定文化財の模写)近くに置かれたスポットからARで石段伝説を体験できるサービスが提供されています。 竹内氏は、年齢や身体的な制約に関係なく伝説とともに体験できる同神社の新たな楽しみ、と位置づけます。
WebVR/ARの活用効果を実感、次なる適用展開も 「ジオパークや史跡など素材として使ってきた既存の観光資源にARを用いることで、実際に目で見えるものからのみでは得られない、あるいは追体験できない特殊な事象や伝説などの情報を一つの観光コンテンツとして付加させられるというところに、非常に意義があるのではと思っています」 あくまでも文化財を専門とする自身の視点と断りつつ、竹内氏はWebVR/ARの最も大きな活用効果をこう位置づけ。特に、ARがオーバーツーリズムの回避に役立つ一方、VRは遠隔地からでも寒風山の火山活動などの追体験が可能で、地球環境に優しいのみならず、見る者の想像を膨らませ、かつ新たな気づきを与えてくれる、と指摘。その一端として、観光地に乱立して美観を損ないがちな案内看板に替わり、AR技術を活用しスマートフォン、さらにはカーナビとリンクした情報発信のもたらす可能性へと言及。WebVR/ARの普及に伴い導入コストが低減してくれば、より多様なコンテンツへの展開にも繋がるはず、と説きます。 男鹿市では現在、フォーラムエイトのソリューションを適用する第3弾として「脇本城VR/AR」構築に向けた取り組みが進行中。そこでは、VR/AR技術と当該エリアの高さデータを有する地図とをリンクさせ、堀や郭(くるわ)などの遺構を高精度に再現。竹内氏は、その上に発掘調査のデータなどを反映していきたい、との考えにも触れます。他方、同市では県や秋田大学とともに防災対策の検討に取り組むこととしており、デジタルツインのベースとなる空間を活用した防災や教育向けシミュレーションへの展開も視野にあります。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||
執筆:池野隆 (Up&Coming '24 盛夏号掲載) |
|
||||||
|
LOADING