“怒り”の評価手法がメディアでも注目
川合教授は2009年から、科学技術振興機構(JST)の別の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)にも参加(「岡ノ谷ERATO情動情報プロジェクト」)。これは、人間の情動情報を知識として活用する基盤技術の創出を目的とし、心理・生理・表出・他者という4つの指標を同時に計測して、それらの時間的変化を大規模データ処理技術によって予測することを目指したものです。東京大学大学院総合文化研究科の岡ノ谷一夫教授がプロジェクトを総括し、数理モデル/乳幼児・動物の情動発達と進化/インターフェースといった複数のグループに分かれて研究を実施。川合教授はこの中で、脳や体の状態と感情の状態を調べるインターフェースのグループのリーダーを務めました。
この取り組みを通して、対面場面における自己と他者の情動推定が表情表出と生理状態のふたつの指標から可能なこと、主観的な怒りの発生には循環器系の状態遷移が関わっており、脳波の左右不均衡性と心拍数から検出可能なこと、情動価の推定が情動刺激弁別の強化学習で可能であり対応する脳部位が特定できることといった成果が得られています。
「ちょうどその頃、高速道路での煽り運転による事故のニュースが話題となったことから、運転手の怒りの状態を検証できるような技術が必要ではないかという話になりました。そこで、そのような自動車運転シーンにおける怒りの検出を目的として、2014年にフォーラムエイトのUC-win/Roadドライブシミュレータ活用に至ったのです」(川合教授)。
このプロジェクト自体は2015年頃に終息していますが、終盤に導入したドライブシミュレータによる研究を川合研究室で継続しています。
「運転していてイライラしたり怒ったりする状況といえば、まず思い浮かぶのは渋滞に嵌ったときではないかということで、UC-win/Roadドライブシミュレータを使ってそれを再現しました。あるポイントまで到達すると、他の車がたくさん集まってきて渋滞化し時速20キロでしか走れなくなる状況と、もうひとつは、車のエンジンの状態が悪化して時速20キロでしか走れなくなるような状況を設定して、運転シミュレーションで比較したところ、特に高齢者では、他に車がいないときは怒らないが、他にたくさん車がいて渋滞のせいで思ったように進めなくなると、主観的にも怒っていますし脳の状態を見ても怒っているという状態がわかったのです。渋滞にハマるとイライラしたりムカムカしたりすることがありますけれども、それがシミュレータで証明できたというのが一つの成果としてあります」。
これらの研究成果はメディアでも様々な注目を集めており、NHK総合「あさイチ」(2022年2月9日放送)の特集「人間関係がうまくいく!今すぐ使える“心理学”のワザ」では、川合教授自身がTV出演し、研究室で発見した怒りの抑制方法を解説。また、NHK総合の科学番組「ヒューマニエンスQ」(2023年2月20日放送)の「“怒り”ヒトを突き動かす炎」の回でも、怒りのメカニズムと進化について解説を行いました。
なお、ERATO情動情報プロジェクトの成果であるこれらの怒りの状態の評価手法は、国内外での特許申請を経て、現在、特許登録が完了しています(「情動認識装置、情動認識方法、及び情動認識プログラム」久保賢太・川合伸幸・ 岡ノ谷一夫/特許番号:6124239/ 登録日:2017年4月)。
心理実験・脳計測で解明! ~運転中の高齢者は連続する赤信号に怒りを感じやすい~ <参考図> 図1 実験手続きの概要 より引用
雑誌名:Japanese Psychological Research(2017). 論文名:赤信号で連続して停止するとNIRSで測定した前頭葉の活動が優勢になる怒り状態となるが、大学生では脳の活動の不均衡や怒りは生じない
著者:Ryuzaburo Nakata, Namiko Kubo-Kawai, Kazuo Okanoya, Nobuyuki Kawai
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運転中の怒りを脳の活動として捉え、さまざまな条件で検証 |
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ドライブシミュレータで様々な環境を再現し、ドライバーが怒りやイライラを感じやすい状況を脳計測により解明している |
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怒りの状態の評価手法の 特許を取得 |
文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)受賞 |
川合教授は多数の著書を出版されている |
自動車メーカーとの共同研究でシミュレータ活用
「NHKの番組に出演し、ドライブミュレータを使いながら怒りの状態を評価する方法について紹介を行ったことがきっかけで、自動車メーカーから声がかかり、2022年度から共同研究がスタートしました。こちらはより直接的に煽り運転を対象としており、運転時にドライバーが感じる怒りを評価して、怒りを抑制する手法を確立することを目指しています」。
それまでの研究では、基本的にドライバーひとりでの実験であったところ、この共同研究では、具体的に他の人に運転を邪魔されるといったような、ドライバー同士のインタラクションに目を向けていると、川合教授は述べます。前述した、怒りの状態の評価手法に関する特許および、自動車メーカーとのこの共同研究が評価されたことで、2023年には文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)の受賞にもつながりました。
かつて市販のドライビングゲームを活用していた時には、映像はリアルで楽しいものであっても、正確な設定が難しいことや、実験・研究に必要な再現性が低いといった課題を抱えていました。それに対して、UC-win/Roadドライブシミュレータのメリットは、パラメータを細かく設定可能なため、限りなくリアルの運転環境に近づけられることだといいます。
「ハンドルの切れ角や加速などを実車の感覚に近づけてよりリアルにしていくということにも、柔軟に対応できます。また、割り込みがかかる状況を作りやすくするために、シミュレーション体験者が乗車する車はギア比を変えて加速が鈍くなるように設定し、逆に割り込む車の方はやや速度を上げて走行されるように設定する、さらに、割り込み可能な車間距離の安全マージを短く設定しておくなど、ひとつひとつの条件を細かく調整することもできます」。このように、人間が直面する環境や状況をきっちりと作り込めるところが、実験において有効であると、川合教授は述べます。
「人間にとってのイライラ感みたいなものをどのように作るかというのが、実は非常に難しい。例えば、車に割り込まれるだけでは怒りは生じません。他にも実際の交通場面に近い状況をセットして、ようやく人間は不快になったり腹立たしく感じたりしますが、“こういうときに時にこのタイミングで減速したら後ろの車が近づいて、ここでクラクション”という一連の微細な条件をUC-win/Roadのシナリオで書き込むと、必ずその通りに再現される。バーチャルリアリティを使うと様々な感情体験ができると言われていますが、“この時、この状況というピンポイントで、こういう感情が誘発できる”というのは、研究者にとって、とりわけ人間にとっての環境ということを考える必要のある心理学者としての立場からすると、非常にありがたいことだと思います」。
VRを活用した今後の研究の展望
ドライバーの心理状態の研究においてVRの有効性を認識した川合研究室では、空間識の研究において体の傾き・重力・景色などの関係を調べるにあたって、フライトやバイクなど、自動車以外のシミュレータについても今後の活用を模索しています。
「バイクは体を倒して曲がりますが、前庭感覚という体の傾きを感知する情報と、周りがどのように動いているかがずれると、乗り物酔いが発生します。そのやや低次なレベルが視覚だけで起きる“VR酔い”で、現在そのようなテーマの研究も行っています。」
また、フォーラムエイト東京本社のショールームで3軸モーションのVRモーションシートを実際に体験し、ジェットコースターで曲がったり回転したりする感覚、落ちている感覚がリアルに得られたことについても、「どのような条件でそのような感覚が生じるか、科学的な事実に基づいて設計することで、エンターテインメント分野での提案につながる基礎的な研究にもなる」と、関連分野におけるさらなる展開を視野に入れています。
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名古屋大学 情報学研究科 心理・認知科学専攻 認知科学講座 川合研究室のみなさん |
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