Vol.40

Academy Users Report

アカデミーユーザー紹介/第40回

UC-win/Roadで作成した運転シナリオを活用し運転能力の低下要因を検証

医薬品や疲労が運転能力に与える影響をドライビングシミュレータで研究

サンシャイン・コースト大学
Road Safety Research Collaboration

https://www.usc.edu.au/about/structure/schools/school-of-law-and-society/maic-unisc-road-safety-research-collaboration

所在地 オーストラリア クイーンズランド州 サンシャイン・コースト

研究開発内容:交通安全研究、アルコールや医療用大麻が運転挙動に与える影響に関する研究

サンシャイン・コースト大学(USC)は、1996年に開設された公立大学で、オーストラリア東部クイーンズランド州の都市ブリズベンの北に位置している。現在は大学院を含め1万8000名の学生が学んでおり、2020年の学生調査では、オーストラリアの大学における教育レベル上位5校にランクインしている。地域課題の解決やサスティナビリティの問題を主要な研究テーマとしており、環境や健康・福祉を専門とする学部を擁している。

Gregoire Larue博士

運転能力の低下を引き起こす要因となるもの、たとえば疲労、医療用大麻を含む医薬品、アルコールなどを特定すること。またそれらの要因がどれほどの影響を及ぼすのか、有効な指標を作ること。それがわたしたちの目的とするところです。時間と場所の制約を受けず、運転シナリオも柔軟に調整可能なUC-win/Road Driving Simは研究に大いに役立っています。

そのように語るのは、サンシャイン・コースト大学(University of the Sunshine Coast: UniSC)准教授であり、同大学で行われている「交通安全研究コラボレーション(Road Safety Research Collaboration)」で研究を牽引するGregoire Larue博士です。

交通安全研究コラボレーションは、サンシャイン・コースト大学と強制第三者運転者保険制度を策定するクイーンズランド州監督機関である自動車事故保険委員会(Motor Accident Insurance Commission: MAIC)との戦略的パートナーシップとして2018年に設立されました。大学構内のイノベーションセンターで高度な応用研究を実施し、地域社会の生活と安全に貢献。上述のような、運転に支障をきたす要因に着目した研究で世界トップクラスの成果を生み出し、クイーンズランド州をリードする研究センターとして急成長を遂げています。

イノベーションセンターでは、「クイーンズランド州交通安全戦略2022-31(Queensland Road Safety Strategy 2022-31)」に定義された目標に対応し、「規則遵守と行動変容」「神経認知と運転適性」など全部で5種類の研究テーマを掲げています。Larue博士はその中の「交通安全データとテクノロジー」をテーマとし、ドライビングシミュレータなどのテクノロジーを活用した研究を進めています。

研究ニーズに応えるUC-win/Roadの柔軟性

UC-win/Road Driving Simがイノベーションセンターに導入されたのは2022年のこと。フォーラムエイト主催「アジアオンラインセミナー in シドニー」にイノベーションセンターのリサーチアソシエイトが参加していたことがきっかけでした。

「他社ソフトは、ユーザ自身で全てプログラムを組まなければならず、ドライビングシミュレータを使った研究をするためには、エンジニア並みの知識や技術が必要でした。それに比べて、UC-win/Roadのユーザインタフェースは直感的であり、運転シナリオ作成などのプログラミングが比較的簡単に行えます」(Larue博士)

そして、拡大する研究ニーズに対応して追加ライセンスも導入。現在ではデータ収集用のシミュレータ2台と開発用の1台、合計で3つのUC-win/Road Driving Simライセンスを利用しています。

UC-win/Roadを活用しリアルな運転環境を再現

Larue博士がイノベーションセンターに着任したのはおよそ2年前。当時はUC-win/Road Driving Simの導入後まもなくであり、研究のための環境整備は開発中でした。そこでLarue博士は、2種類(高速道路/市街地)の運転シナリオを作成するところから始めたといいます。

実際の道路をもとに運転環境を作成(上:高速道路、下:市街地)

「大学周辺の高速道路から、30kmほどの区間を選びました。道路形状や周辺の標高データを得るため、実際に現地を走行し、ビデオ撮影やGPS座標の記録を行っています」

このようにして収集したデータをもとに、高速道路環境をリアルに再現。車線の数や標識なども忠実に作成しています。

「UC-win/Roadの長所は、VR環境上に新しい道路や標識を作ったりするのに非常に適していることです。それに、道路座標を実世界の座標系に簡単にリンクさせることができるというのも非常に優れている思います。どの位置を走っているのかを、Google Mapsなど複数の道路を重ね合わせて簡単に再現して確認できるため、大変便利です」

高速道路環境では、速度を頻繁に変更しながら走る先行車両との車間距離を保てるかどうかを測定したり、緊急停止が必要なイベントを用意して急ブレーキもしくは車線変更の判断が適切にできるかどうかを見たりと、被験者の運転能力を計測するシナリオを作成。UC-win/Roadのログ出力プラグインを利用して被験者の運転時の挙動(アクセル、ブレーキ、ハンドル操作など)を収集しています。

市街地の運転環境では、現地で実際に行われている自然主義的運転試験の内容を正確に再現。道路標識や信号、バス停、建物の種類や高さまでもが現実そのままに構築された街の中を走る20分程度のコースとなっており、さまざまな種類の信号、ラウンドアバウト(環状交差点)、自転車や歩行者への対応などの測定を行います。

周囲の風景や交通流を再現

交差点や標識も正確に再現

現地で実際に行われる運転免許技能試験と同様のルートを走行

このシナリオの作成にあたっては、実際の試験を設定しているクイーンズランド州運輸省の担当者も協力し、実態に即したリアルな運転環境を構築しました。

「これら2つのシナリオを作ったあと、さらに細かいバリエーションも作成しています。被験者には条件を変えて何度かシミュレータの運転をしてもらうわけですが、その際、実験を繰り返しているうちに発生するイベントやそのタイミングが予測できるようになってしまうからです。そのため、スタート地点を変化させたり、イベントの発生タイミング、発生ポイントをさまざまに変えたりして、なるべく正確なデータが収集できるように工夫しています」

信号サイクルを忠実に再現

ドライブシミュレータを活用し多様な運転能力データを収集

このようにして作成された運転シナリオを使って、Larue博士はさまざまな人の運転能力についてのデータを収集しています。

まず、比較のためのベースデータとして健康状態が良好な人々のグループの運転データを収集。つまりアルコールや医薬品の影響を受けておらず、その他の疲労などといった運転阻害要因を持たない人々が、どのような運転挙動を見せるかについて、ドライブシミュレータを用いてデータを収集しました。

健康な被験者を対象とするこの実験の結果は、2~3ページのアブストラクトを2024年9月30日から10月3日にタスマニア州ホバートで開催されるオーストラリア交通安全カンファレンス2024(Australian Road Safety Conference 2024)に提出しており、アクセプトされれば発表を行う予定です。

ここで集められたデータは、基準の値(ベンチマーク)として、医療用大麻やアルコールなどの運転阻害要因が具体的にどのような影響を及ぼすかの比較検証に使われます。

医療用大麻の影響評価安全運転のための新指標

現在、Larue博士が取り組んでいるのは、医療用大麻を服用した状態での運転に関する研究です。

オーストラリアでは、医師による処方箋があれば医療用大麻を使用することができます。ただし、医療用大麻を服用した状態での運転は法律で固く禁じられており、車社会のオーストラリアでは、医療用大麻の使用の増加に伴い、これを問題視する声が大きくなっています。

「確かに医療用大麻の服用は運転能力に影響を及ぼしますが、時間が経過してそのような影響がなくなったと思われる状況でも、多くの場合、薬の成分は体内に長く残り続けます。法律的には、成分が残っている限りは一切運転することができません。もちろん、事故リスクを増加させないルールを作ることは重要ですが、その一方で、運転能力の低下が認められない人たちには運転を許可できるようなルールが理想的だと考えています。どの程度であれば安全な運転が可能か、その指標を作成するために、これらの研究を続けています」

被験者には、使用する医療用大麻の分量を変えて(まったく服用しない状態も含む)、4パターンの異なる条件下で運転シナリオを体験してもらいます。あらゆるデータを収集し、医療用大麻による影響を検証します。

しかし、データ取得には医療用大麻ならではの難しさもあるといいます。

「今のところ、すでに医師の処方を受けていて、日頃から医療用大麻を使用している人たちの協力により、実験を進めています。これは処方薬ですから、私達が薬に触れることは一切できません。そのため、被験者自らが医療用大麻を持参して専用の部屋で服用しなければならない、といったような制約が多いのです。本当はテストコースを使って実車での実験ができればよいのですが、そのための保険手続きがかなり煩雑であるため、現在は保留となっています」

このような点から、ドライブシミュレータを使った実験のメリットを、Larue博士は評価しています。

「今のところ、アルコールと医療用大麻を主な対象としていますが、その他の医薬品や疲労の原因となる物質なども、研究の視野に入れています」

さらに、60歳以上のドライバーを対象としたプロジェクトも開始しました。このプロジェクトでは、認知力を測定するテストとドライビングシミュレーターによる運転シナリオ体験を組み合わせて、60歳以上の方がどのように運転を行い、運転中に認知力に関してどのような障害があるかについてを確認する研究を行っており、現在も進行中です。

生体計測デバイスとの連携で拡張する研究の可能性

現時点ではUC-win/Roadのログ出力機能のみを使用していますが、今後の計画として、さまざまな生体計測デバイスも導入した実験も考えられているそうです。

近日中に始動させる次のプロジェクトでは、アイトラッカー(視線計測デバイス)を導入し、飲酒運転の研究に使用する予定とのこと。

「まずは、アイトラッカーが研究に有効かどうかを検証していきたいと考えています。アルコールについての研究はすでに多く行われており、どれくらいのアルコールがどのように運転に支障をきたすか、といったことが非常にはっきりしています。ですから、既存のデータと比較することで、シミュレータとアイトラッカーを使って取得したデータの信憑性をある程度示せるのではないかと予測しています。このプロジェクトをもとに、被験者のどのような行動が、運転において許容できないかを判断するベンチマークを作り上げていきたいと考えています」

アイトラッカーのほか、さまざまな生体計測デバイスをシミュレータと連動させ、運転阻害要因を検出するモデルを開発したいとLarue博士は述べます。現在は、脳波を計測するデバイスの導入も検討しています。

「最近では、Pythonを使ったUC-win/Roadの機能の拡張についても検討し始めています。ドライビングシミュレータと生体計測デバイス連携させることで、さまざまな角度からデータを収集したいと考えています。UC-win/Roadの活用により、今後のこういった研究がさらに発展することを期待しています」

シミュレータによるデータ収集の模様

執筆:池野隆
(Up&Coming '24 盛夏号掲載)