はじめに
福田知弘氏による「都市と建築のブログ」の好評連載の第45回。毎回、福田氏がユーモアを交えて紹介する都市や建築。今回はアンコール・ワットの3Dデジタルシティ・モデリングにフォーラムエイトVRサポートグループのスタッフがチャレンジします。どうぞお楽しみください。
Vol.45
アンコール・ワット:見立て
大阪大学大学院准教授 福田 知弘
プロフィール
1971年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学准教授、博士(工学)。環境設計情報学が専門。CAADRIA(Computer Aided Architectural Design Research In Asia)国際学会 フェロー、日本建築学会 情報システム技術委員会 幹事、大阪市都市景観委員会 専門委員、神戸市都市景観審議会 委員、吹田市教育委員会 教育委員、NPO法人もうひとつの旅クラブ 理事など兼務。著書などに、VRプレゼンテーションと新しい街づくり(共著)、はじめての環境デザイン学(共著)、夢のVR世紀(監修)など。ふくだぶろーぐは、http://fukudablog.hatenablog.com/
カンボジア
アンコール・ワットは、カンボジア王国シェムリアップ州にある【図1】。カンボジアは、東南アジアにあり、総面積18.1万㎢(日本の約2分の1弱)、タイ、ベトナム、ラオスと国境を接する。人口は1,601万人。シェムリアップは、カンボジア北西部に位置する。9世紀から15世紀にかけてアンコール遺跡のある地域を拠点に、クメール王朝がインドシナ半島の大部分を支配していた。
1 アンコール・ワット中央祠堂の脇にそびえる祠堂
カンボジアは、ポルポト政権による同一民族大量虐殺、ベトナム軍の侵攻、国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)活動などによるカンボジア和平への道のりを経て、治安がようやく安定してきたのは20世紀の終わりごろだという。
アンコール・ワット
アンコール・ワットは、12世紀前半、年間25,000人の人手を30年間かけて建造されたとされる、クメール建築の頂点【図2】。アンコールは王様の宮殿、ワットは寺を意味する、ヒンドゥー教(ビシュヌ派)の寺院である。創建者は、スールヤヴァルマ2世。インドネシアのボロブドール、ミャンマーのパガンと共に世界三大仏教遺跡のひとつに数えられる。建設時期は日本でいえば平等院鳳凰堂の頃だそうだ。フランス人博物学者アンリ・ムオが1860年に発見した。
敷地面積は約200ha。南北約1.3km、東西約1.5kmの環濠で囲まれ、周囲は約5km、皇居とほぼ同じである。実は、皇居を半周走ったことがあるのだが、ゴールがとても長く感じたことを思い出す。こちらは暑くて(4月下旬、午前9:30で摂氏36度)、とても一周なんぞできない。
2 参道
アンコール・ワットは、聖なる場所であり、橙の衣をまとった沢山の僧侶が巡礼していた。環濠で沐浴する人々や手すりの下で休む子供達も集まっており、人々が憩う公園のような場所でもある【図3】。
3 巡礼
一方、雨季と乾季の差やコウモリの糞による塩害といった自然の影響、過去の内戦では戦場にもなるなど人為の影響により風化が進んでおり、修復作業が続けられている。柱に残った弾痕も見られた【図4】。
4 修復作業と弾痕
フレーム構図
環濠を渡り、薄暗い西塔門の内部に入ると、縦長の長方形に切り取られた開口部の向こうに、中央祠堂が見える。最初は中央の塔1本のみ、次いで、両側の2本が見えてくる【図5】。これはフレーム(額縁)構図を意識した設計で、縦長のフレームは中央祠堂の高さを強調している。
5 縦フレーム構図
6 横フレーム構図
続いて、西塔門を抜けると4本の柱が建つポーチから、中央祠堂群が水平に広がって見渡せる【図6】。ポーチの柱により仕切られたフレームから建物全体がはみ出すように設計することで、こちらは規模の大きさを強調している。
参道は約600mと長く、中央に位置する尖塔がある時は見えるが、ある時は見えなくなる。なので、歩くにつれて中央祠堂への期待が高まっていく。伽藍配置(寺院における諸堂の配置のこと)は左右対称となっているが、左右の長さのずれはわずか5㎝であることが調査を通じてわかっている。測量精度、建築精度の高さを物語る。
クメール建築は、木造、レンガ造を経てこの時代には石造となっている。構造部はラテライト(火山岩のような石)、表面は化粧用として砂岩が用いられていた【図7】。
7 材料
中心部
中心部は、第一回廊、第二回廊、中央祠堂を取り囲む4つの尖塔(正面からは中央祠堂の両側2塔のみに見えるが実は4塔)を有する第三回廊を経て、高さ65mの中央祠堂が真ん中にそびえる【図8】。中央祠堂群はメール山(ヒンドゥーの世界で、神々が住むとされる山。仏教では須弥山)を象徴している。「見立て」である。
8 第三回廊付近。右奥が中央祠堂
第一回廊には、絵巻物が密度濃く展開されている。表面には漆塗りがなされていたそうだ。また回廊を構成する柱や梁などが修復されているが、年代毎に修復状況が異なるのも何だか興味深い。連子状の窓は、透過視性の効果。外の景色を垣間見ることができるし、光により作り出される影もとても美しい【図9】。
9 第一回廊と連子窓
第三回廊への階段は超急勾配【図10】。折角なので、測ってみると45度以上もあった。登るのを拒否しているのだろうか。
10 超急勾配
アンコール・トム
アンコール・ワットが造営された12世紀頃、王朝は最盛期を迎え、その大きさは防衛上の限界となった。そこで、ジャヤヴァルマン7世は、アンコール・ワット造営から半世紀後、アンコール・トム(3㎞×3㎞)と呼ぶ城砦都市を建設した。トムは大きいという意味。その中心に位置するのがバイヨン寺院である【図11】。
アンコール・ワットが「天空の楽園」をテーマとしたヒンドゥー寺院であるのに対し、バイヨンは「王国の救済」をテーマとした大乗仏教寺院である。
11 アンコール・トム
タ・プローム
タ・プロームは、仏教寺院である。他の寺院と異なり、遺跡発見後に樹木の除去などの修復をしないまま据えおかれているのが興味深い【図12】。熱帯の巨樹に押しつぶされていないのか?それとも巨樹はすでに遺跡の構造の一部になっているのか?自然と建築が共生しているのかどうか良くわからないが、何だか神秘的な雰囲気だ。
12 タ・プローム
西バライ
スルーヤヴァルマン1世により作られた東西約8km、南北約2kmの貯水池【図13】。人造とは思えないほどの大きさ。夕方、地元の人々が大勢訪れていた。湖畔では、ゲンゴロウ、タガメ、コオロギが炒めて売られていた。昔は池でよく捕まえた、ゲンゴロウやタガメを見ること自体久しぶりだった。
13 西バライ
トンレサップ湖
トンレサップ湖は、シェムリアップの南に位置する大きな湖。乾季は約3,000k㎡の大きさだが、雨季にはその数倍の大きさにもなり、シェムリアップ市の近くまで水面が押し寄せる「伸縮する湖」だ。日本最大の湖・琵琶湖の面積は670.4㎢だから、トンレサップ湖の乾季バージョンでも4倍以上の大きさである。
ここには、水上家屋が沢山あって、人々が暮らしている【図14】。移動式の学校もある。雨季になり水面が上昇すると人々は陸地に近いところに移動するそうだ。東南アジアにおいても淡水魚の種類が豊富な湖といわれる。
14 トンレサップ湖
「見立て」の美学
先ほど紹介した、アンコール・ワット第三回廊への急階段に関連する小話を。
NPO法人もうひとつの旅クラブでは「大阪まち遊学」を実施している。これは、自分自身のまちを旅人の視点で眺め、旅人に普段の暮らしや生業に触れてもらい、ジモティ(地元の人々)と旅人との出会いを通じて「何か」生まれることを期待し楽しもうという企画である。関西でありながら濃口のまち歩きプログラムである。
2011年には、筆者が企画案内人となり、自分の働く場所「大阪大学 吹田キャンパス」を旅人に伝える大阪まち遊学を実施した。吹田キャンパスは、無機質なようであるが「見立て」の技法を借りれば、違った楽しみ方ができるのではないか、と仮説を立てた試みである。吹田キャンパスを下見歩きしてみると、何と、第三回廊への急階段を思わせる急勾配の階段を発見した。まち遊学本番は、梅雨の空けた7月下旬、暑い真夏日であり、カンボジアの乾季の終わりを思い出す。一行は、汗水をたらしながら、アンコール・ワットの第三回廊への急階段であると見立てて上りながら、中央祠堂を目指したのであった【図15】。
15 大阪まち遊学2011 @大阪大学
アンコール遺跡は1992年にユネスコの世界危機遺産に登録され、その後、2004年に世界文化遺産に登録された。筆者自身が訪問したのは、一年で最も暑い時期と重なったこともあってか、観光客は比較的少なく、のんびりした雰囲気を味わえた。またいつか、訪問してみたい。
3Dデジタルシティ・カンボジア by UC-win/Road
「アンコール・ワット」の3Dデジタルシティ・モデリングにチャレンジ
今回は、カンボジアのアンコール遺跡を代表するアンコール・ワットをメインに作成しました。水面と画角の機能により、聖池に浮かぶアンコール・ワットの大伽藍と蓮の花とで、遺跡の壮大さを表現してみました。また、観光拠点となっているシェムリアップの街なみや夕景、アンコール朝時代に造営された巨大な貯水池、西バライ等を再現しています。観光に利用されるトゥクトゥクの走行表現も行っています。
VR-Cloud®で体験!特設ページ にて、3Dデジタルシティの操作・閲覧が可能です。
「UC-win/Road CGサービス」では、UC-win/Roadデータを3D-CGモデルに変換して作成した高精細なCG画像ファイルを提供します。
今回の3Dデジタルシティのレンダリングでは「Shade3D」を使用しました。朝日を浴びる遺跡の逆光の光加減や、車体の写り込みなど、 高品質な画像を生成しています。
(Up&Coming '19 春の号掲載)