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スポーツ文化評論家 玉木 正之 (たまき まさゆき)
プロフィール
 1952年京都市生。東京大学教養学部中退。在籍中よりスポーツ、音楽、演劇、
映画に関する評論執筆活動を開始。小説も発表。『京都祇園遁走曲』はNHKでドラマ化。静岡文化芸術大学、石巻専修大学、日本福祉大学で客員教授、神奈川大学、立教大学大学院、筑波大学大学院で非常勤講師を務める。主著は『スポーツとは何か』『ベートーヴェンの交響曲』『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)『彼らの奇蹟-傑作スポーツ・アンソロジー』『9回裏2死満塁-素晴らしき日本野球』(新潮文庫)など。2018年9月に最新刊R・ホワイティング著『ふたつのオリンピック』(KADOKAWA)を翻訳出版。TBS『ひるおび!』テレビ朝日『ワイドスクランブル』BSフジ『プライム・ニュース』フジテレビ『グッディ!』NHK『ニュース深読み』など数多くのテレビ・ラジオの番組でコメンテイターも務めるほか、毎週月曜午後5-6時ネットTV『ニューズ・オプエド』のMCを務める。2020年2月末に最新刊『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)を出版。
公式ホームページは『Camerata de Tamaki(カメラータ・ディ・タマキ)

日本では賭博は刑法で禁止。
しかし公営ギャンブルは公認され、一部黙認の現状。
そこで世界的大流行で一大産業となっているスポーツベッティングは
どうするべきか?

ドジャースの大谷翔平選手の元通訳・水原一平被告が、賭博依存症であることを告白。大谷選手の個人口座から24億円もの大金を盗み出し、3年足らずのうちに、スポーツ賭博で総額約62億円もの損失を出したことが判明した(勝ちは約218億円、負けは約280億円だったと報道されている)。

この「事件の本質」を考えるには、水原被告が、スポーツベッティングを禁止しているアメリカ・カリフォルニア州で、非合法の闇賭博に手を出していたことに注目するべきだろう。

現在、世界では、日本を除くG7のすべての国や、多くの国々でスポーツ賭博が公認され、アメリカでも首都ワシントンと38州で合法とされている。

スポーツベッティングが合法の州(国)では、州(国)の定めた法律での賭け金の上限の範囲でしか賭けができないことになっており、水原被告が行ったような巨額の賭けは不可能(巨額の賭け自体が犯罪)となっている。

またスマートフォンの発展普及した現在では、日本の競馬や競輪、競艇やオートレースやサッカーのtoto(スポーツ振興くじ)のように、試合の始まる前に勝敗を予想して賭けを行うだけなく、賭け屋が独自に定めたルールに従って様々のギャンブルを行うことが可能で、試合中に大谷選手は次の打席でホームランやヒットを打つか? というような賭けや、サッカーの試合の前半が終わったところで後半の展開(得点はどうなるか? 選手交代はいつ、何人行われるか?)といった賭けが、比較的低い賭け金で行われるのが主流となっている。

一方、日本の法律では賭博行為は「悪」として刑法で原則禁止され、国の行う賭博(農林水産省管轄の競馬、国土交通省管轄の競艇とオートレース、経済産業省管轄の競輪、文部科学省管轄のtoto)だけが公営賭博として許可されている。またパチンコの景品の換金が黙認されていることは周知の事実で、日本社会の賭博の状況は「原則禁止(犯罪)・一部公認・一部黙認」と言える。

しかし国境など軽々と飛び越えてしまう現在のグローバル・ネット社会では、海外に拠点を置くブックメーカーの日本のスポーツを対象としたスポーツベッティングが無制限に行われているのが実情だ。Jリーグのサッカーを対象としたスポーツベッティングは、海外の様々なホームページを通じて年間2兆円もの売上げがあり、そのうち1割の2000億円が日本人の参加によるものと言われている(その結果スポーツ専門中継サービスのDAZNの視聴者が増え、Jリーグに対して10年で2千億円の放送権料を支払うことが可能になったのだ)。

言葉は悪いが、いまや日本のスポーツは海外の賭け屋による草刈り場状態で、Jリーグ以外にもBリーグやプロ野球、ラグビーのリーグワンや大相撲などの賭けが、海外のブックメーカーのネットで行われ、今春は高校野球センバツ大会の賭けのできるホームページが、日本語のホームページを含めて10以上も開設された。

何しろアメリカンフットボールの最高峰のイベントであるスーパーボウル1試合だけで、スポーツベッティングの売上げは2兆1千億円もあり、全米のスポーツベッティングの市場規模は16兆円と言われている。

日本でもスポーツベッティングを解禁(合法化)すれば、約7兆円の売上げが予想され、経費や配当金や国庫納入金を差し引いた約1兆7千億円がスポーツ関連予算に使えることになるとの試算もある。

現在のスポーツ庁の予算は約351億円。totoによるスポーツ界への援助も約176億円程度(いずれも令和5年度の金額)。ということは、スポーツベッティングの合法化によって、現在の30倍以上のスポーツ予算を獲得できることになり、五輪選手などの強化費用の増額やスポーツ施設の充実、小中高の部活動のアウトソーシング(プロのコーチの起用による教師の授業以外の負担軽減)……等々、日本のスポーツ界の発展に大きく寄与することが考えられる。

とはいえ日本では、刑法で「悪」として原則禁止されている賭博に対しては、忌避する感情が今も強く、totoの法律が審議されたときも、衆院文教委員会に参考人として招かれ、toto法案賛成の意見陳述をした小生は、婦人団体や教育団体の人々や多くの女性議員から「賭博で青少年の夢を汚さないで!」と激しく非難されたものだった。

が、1960年、3年間の調査の後に世界に先駆けて一切の賭博行為を民間に開放する「賭博解禁法」を成立させたイギリス政府は、そのとき次のような声明を発表した。「賭博はコントロールすべきだが、禁止すべきではない。禁止すればかえって犯罪を生む」

1920年代のアメリカで、キリスト教団体や道徳団体の主張から「禁酒法」が成立した結果、密造酒や密輸入酒や闇酒場などでアル・カポネなど裏社会のマフィアが大儲けしたことは有名だ。現在の日本政府の賭博に対する姿勢が、禁酒法時代のアメリカに似ているとまで言うのは言い過ぎかもしれないが、スポーツベッティングの導入に関する検討は、IR(カジノ&総合型リゾート)以上に今すぐ取り組むべき課題と言えるかもしれない。

 
(Up&Coming '24 盛夏号掲載)


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