Vol.

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スポーツ文化評論家 玉木 正之 (たまき まさゆき)
プロフィール
 1952年京都市生。東京大学教養学部中退。在籍中よりスポーツ、音楽、演劇、
映画に関する評論執筆活動を開始。小説も発表。『京都祇園遁走曲』はNHKでドラマ化。静岡文化芸術大学、石巻専修大学、日本福祉大学で客員教授、神奈川大学、立教大学大学院、筑波大学大学院で非常勤講師を務める。主著は『スポーツとは何か』『ベートーヴェンの交響曲』『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)『彼らの奇蹟-傑作スポーツ・アンソロジー』『9回裏2死満塁-素晴らしき日本野球』(新潮文庫)など。2018年9月に最新刊R・ホワイティング著『ふたつのオリンピック』(KADOKAWA)を翻訳出版。TBS『ひるおび!』テレビ朝日『ワイドスクランブル』BSフジ『プライム・ニュース』フジテレビ『グッディ!』NHK『ニュース深読み』など数多くのテレビ・ラジオの番組でコメンテイターも務めるほか、毎週月曜午後5-6時ネットTV『ニューズ・オプエド』のMCを務める。2020年2月末に最新刊『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)を出版。
公式ホームページは『Camerata de Tamaki(カメラータ・ディ・タマキ)

日本サッカー協会最高顧問・川淵三郎氏の文化勲章受章は、まさに「スポーツ文化=カルチャー」を生み出したという意味でふさわしいものと言えるのだ。

11月3日、文化の日。今年(2023年)の文化勲章は、狂言師の野村万作氏、作家の塩野七生氏、経済学者の岩井克人氏ら6名とともに、日本サッカー協会最高顧問で、元サッカー協会会長、Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎氏に授与された。

この意味は、極めて大きい。

スポーツ界からの受賞は、水泳の古橋廣之進(08年)、野球の長嶋茂雄(21年)の両氏に次いで、わずかに3人目。

それだけスポーツの「文化としての認定度」が低いとも言えるが、今から40年ほど前、私が関西のテレビのワイドショー番組に出演したときには、こんなこともあった。

小生が、「野球やサッカーなど日本のスポーツは、現在のようにただスポーツを見たりやったりして楽しむだけでなく、文化として根付いて発展しなければいけません」と話したところが、司会の桂三枝(現・文枝)さんの隣にいた女子アナが、驚いた様子で声を張り上げ、こう言ったのだ。
「エエ-!? 玉木さんのいらした学校では、野球部やサッカー部は、運動部ではなく、文化部だったんですかぁ!?」

このときスタジオは大きな笑い声に包まれた。が、「文化として根付き発展するスポーツ」とはどういう状態をいうのか? その回答を正確に口にできる人は少なかったはずだ。

また女子サッカーの日本代表選手として大活躍し、2011年のワールドカップ・ドイツ大会決勝でアメリカを破り、日本チームを世界一に導いた宮間あや選手は、優勝後のインタヴューでこう語った。
「これをきっかけに、日本でも女子サッカーが文化として根付いてほしい」

世界一になったあとのインタヴューだったから、この言葉は多くの日本人が耳したに違いない。が、彼女の「真意」を正しく理解できた人は、少なかったのではないだろうか?

何しろ日本の多くの学校では、スポーツが「文化」でなく「運動」に分類されているのだから、先の女子アナのようにスポーツを「文化」とは考えない人々がいても不思議ではない。

おまけに「スポーツは文化……て、どういう意味?」と考える前に、そもそも「文化とは何?」と訊かれて、正しく答えられる人がどれくらいいるだろうか?

この少々難しい質問の正解を導き出すために、私にはスポーツライターをめざしたいという人に向かって必ず発する「問い」がある。それは「文化の反対語は何?」という質問だ。

この質問を投げかけられた人は一瞬キョトンとした顔をして戸惑う。そこで、「文」の反対語は? と訊き、さらに「ナントカ両道」という四字熟語は? と訊くと、たいていの人は「文武両道」という言葉を思い出して、「文」の反対語が「武」であるとわかる。

ならば「文化」とは「武化」の反対語で、武力で人々を支配・統治する「武断政治」とは正反対に、武力ではなく文書(法律)や言葉で人々を統治し導く「文治政治」のことが文化であり、そのような非暴力的な社会から生み出されるモノが「文化」とわかるはずだ。

江戸時代には「文化・文政」という元号の時代があり、その平和な(非暴力的な)時代には、江戸を中心に、豊かな文学・美術・工芸・芸能・音楽、そして様々な学問が生み出された(読本、俳句、浮世絵、歌舞伎……等々「化政文化」と呼ばれている「文化」ですね)。

さらに明治時代に入って欧米からカルチャー(Culture)という言葉が伝播したとき、当時の日本人は、その言葉に「文化」という訳語を当てはめた。カルチャーとは「みんな(社会)で実らせた(創り出した)モノ」といった意味で、たとえば「土 agri」から「実らせたモノ」は「アグリカルチャー agriculture=農業」となる。

ここまで「文化」という言葉を理解できると、川淵三郎氏が「文化勲章」を受賞した意味の大きさも理解できるだろう―。

過去にスポーツ界から文化勲章を受賞した古橋、長嶋の両氏は、スポーツマンとしての素晴らしい活躍で、社会に大きな影響を与えたことが高く評価されての受賞と言える。が、川淵三郎氏の場合は、早大や古河電工のサッカー部で活躍したのち日本代表チームの監督を務めたこともあったが、それ以上に今年30年目を迎えたJリーグの創設に初代チェアマンとして尽力したことが高く評価されての受賞と言えた。さらに組織の分裂で国際連盟から資格停止処分を受け、20年東京オリンピックへの出場が危惧されていたバスケットボール協会の会長に就任し、改革に大鉈を振るい、Bリーグを発足させたことも評価された。

しかもそれらの組織作りは、川淵氏自身が「スポーツによる社会革命」と称したように、それまでの日本社会や日本のスポーツ界には存在しない、極めてユニークな試みだった。

現在もプロ野球や社会人野球、ラグビーやバレーボール、それに駅伝(マラソン)などでは、ほとんどすべてのチームが企業名を冠し、日本のスポーツチームは親会社の所有物として、常に企業の宣伝や販売促進、社員の福利厚生や団結心の向上等に利用されてきた。

そんなカタチが「常識」だったため、Jリーグの発足時も「Jリーグを創って、いったい何をするつもりですか?」と川淵氏に問い質す記者がいた。すると川淵氏は「サッカーをします」と答えたのだった。

その「回答」こそ、まさに「革命的」だった。欧米のスポーツクラブと同様、スポーツ以外の目的にスポーツを利用するのではなく、「スポーツという文化を実らせること」を目的としたクラブを軌道に乗せた結果、サッカー日本代表のW杯でのドイツ・スペインを破る大活躍や、バスケットボールの48年ぶりのオリンピック自力出場につながったのだ。

川淵氏以外の過去の文化勲章受賞者は、作家、画家、彫刻家、学者、建築家、映画監督、音楽家、役者、俳優……などなど、個人の成し得た文化活動の業績が評価されたものばかりだが、川淵氏の成し得た「みんなで創るスポーツ文化活動」は、英語の「カルチャー」という言葉に当てはまるものであり、宮間あや氏が口にした「サッカー文化」の実現につながるもので、まさに「文化勲章」に相応しい業績と言えるのだ。

他のスポーツ界も川淵氏の創りあげたサッカー文化・バスケットボール文化と同様のスポーツ文化を目指してほしいものだ。

 


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(Up&Coming '24 新年号掲載)

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