ものづくりの街として知られる新潟県燕市に拠点を置く宮大工「有限会社沖野工務店」。社寺建築を通じ、日本の伝統美と技術を継承するとともに、世代を超えて愛される建築物の創造に取り組む同社が設立されたのは、2002年(創業は1978年)。以来、県内を中心とする数々の寺院や神社をはじめ、社寺建築のノウハウを活かした一般住宅など様々な施工実績を誇ります。
同社代表取締役の沖野寛幸さんが現在、社業の傍ら力を入れているのが「T&I Modeling」の活動です。これは氏がかつて、いずれも福井県の宮大工、高橋健二さん(株式会社社寺建)および上野拓さん(田中工務店)と同じ現場の仕事に従事。その際、上野さんらが以前から手掛けていた3Dモデリングの一端に触れたのを機に、「3Dモデリングを通して社寺建築を次の時代に繋げていきたい」との考えで一致。2年ほど前にチーム「T&I Modeling」が結成されました。そこでは活動のベースとして、Shade3Dの活用が位置づけられています。
社寺建築を通じた日本の伝統美と技術の継承目指す
Shade3D活用で社寺建築の3D化を推進する「T&I Modeling」の活動にも力
「T&I Modeling」は、社寺建築の新築や修理に携わる、前述の職人3人により構成。自らの経験や知識を反映し、社寺建築を主にリアルな現場目線の3Dモデルを制作しています。そうした着想を得た背景として、T&I Modelingの代表を務める上野さんは法隆寺をはじめとする日本の社寺建築の歴史的意義に言及。その伝統を支える職人の技術はこれまで、それぞれの時代で技術革新を受け入れながら継承されてきた、と振り返ります。その上で大事なものを守り、残すために「変えてはならない部分」と「変わらなければならない部分」がある、と指摘。木材を職人が手加工する技術、木割りや規矩術といった社寺設計の考え方は前者に、設計図・施工図の作成方法やコンピュータにより建物を表現する手段など情報通信技術(ICT)の分野は後者に位置づけます。特に近年、BIMやDX、XRなど先進ICTの活用が促される流れもあることから、世界に誇るわが国社寺建築の3Dモデリングにフォーカスした取り組みを進めてきた、といいます。
社寺建築における特有の屋根の曲線に加え、曲面部材の組み合わせを屋根に多用するなどの特性から、それらを表現するに当たり、上野さんはNURBSに注目。もともとShade3Dを使用していたところ、Ver.17以降のProfessional版でNURBSによるモデリング機能が追加。2018年にVer.18のProfessional版を導入し、使い勝手が実感されたのを機に、モデリングのメインソフトをShade3Dとする現行スタンスを確立。次いで、氏の作成した3Dモデルを見て触発された高橋さんがVer.19から、同じく沖野さんがVer.20からそれぞれ導入。Shade3DをT&I Modelingの基盤ソフトとする体制が形成されてきました。
同氏らはこれまで実際の社寺建築の施工に携わるのと並行し、それらの3Dモデルを制作。関係する設計者や建設会社、あるいは寺や檀家向けに完成イメージ図や動画、3D資料などを提供。その際、例えば工務店などには原寸図や施工用モデルとしての、職人には図面の理解を支援するツールとしての活用を想定。長年の経験に基づき現場目線で実物に忠実に制作される3Dモデルは、建設工程のほぼすべての関係者に有用な強みを発揮しています。
T&I Modelingの結成以来、Shade3Dを駆使して様々な3Dモデルが制作されてきた中で、特徴的な活用事例の一つが、ある国分寺からの依頼による「七重塔」です。かつて建立されていたのに資料がほとんどないため、通常業務をこなしつつ10ヵ月近くかけて、実際に再建するのと同様に膨大な量の2Dの詳細図や屋根の原寸図を作成。それを基に3D化し細部まで再現しています。また、沖野さんが手掛けていた「六角堂」の建築に当たり、設計者向けに内部・外部のパース図と全体像が分かる動画を、工務店向けに屋根部材の曲線を描いていく原寸図と3Dモデルを制作。設計・施工段階を通じ関係者間の打合せやチェックなどで活用されています。さらに、かつて存在した「城郭」を再建したいという地元の要望を支援するため、3Dモデルの制作に着手。木造の軸組みや細かな部材、瓦まで時代考証に耐え得るよう3人が分担して調査しつつ、現在2Dの全体図作成が進行中です。
「ブーリアン機能の『削ったり』『掻き取ったり』『穴を空けたり』といった作業が感覚的にも工程的にも木材を加工するのと似ています」。上野さんは職人として実感したShade3Dの利点の一つをこう述べます。一方、高橋さんは建築教育におけるShade3Dの活用可能性に注目。沖野さんもプロジェクト関係者間でのコミュニケーションを向上させるツールとしての効果を説きます。
執筆:池野隆
(Up&Coming '21 秋の号掲載)