vol.3
カジュアルウエアは口ほどにものを言う
株式会社 パーソナルデザイン
プロフィール
唐澤理恵(からさわ りえ)
お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。
コミュニケーションにおける情報には、言語情報 (言葉そのもの)と非言語情報 (表情、身振り手振り、声質など)があり、私たちは意外と非言語情報に左右されやすいと前回のパーソナルデザイン講座においてパワハラの裁判例をあげてご説明しました。
非言語情報とは言語以外のすべての事象ですから、そのコンテンツは無限大。
その中でも、今回は服装、とくにカジュアルウエアとコミュニケーションとの関係を考えてみましょう。
服装(ファッション)が放つ情報
「何を着るかは世間に存在を示すこと。特に今の時代、人に届くのはとても早いから、ファッションは即興の言語になる」
―ミウッチャ・プラダ
かの有名なブランド『プラダ』の創始者による名言です。
ファッションとは、流行 ・流儀 ・やり方という意味で用いられている英語表現ですが、特定の時期に人気のある服装や髪形、メイクなどのスタイル・様式や、容認できると考えられる習慣、外見、物事のやり方、という意味で使われています。(実用日本語表現辞典より)
中でも服装は即興の言語になりうるか否か。
つい最近まで“ボロは着てても心は錦”と謳っていたある年代の日本人にとっては受け入れにくいかもしれませんが、以前にもご紹介した『メラビアンの法則』が示すように、視覚情報は相手の発する情報に対する信頼度において55%も影響するのです。彼の研究の中でとくに交通整理をする警察官の例は興味深く、しっかりとアイロンをかけた清潔感のある制服と、薄汚れたシワシワの制服を着用した警察官では、通行人は前者には従っても後者には従わない傾向があるという結果でした。
「何を着るかは世間に存在を示すこと」は、本人は意図しないにしても否定できないことといえます。しかも、現代のようにSNSが当たり前の社会では、その服装、ファッションをまとった姿が瞬時に、広く拡散されてしまう可能性もありますから、まさに即興の言語といえます。
スーツから解放される銀行員
ビジネススーツか制服の着用が原則だった銀行で、大胆な服装改革が進んでいるという記事を目にしました。今回の取材の対象は群馬銀行。通年ノーネクタイはもちろん、ポロシャツやカジュアルジャケットやパンツ、スニーカーも認めることにしたそうです。男性社員のひとりは、「やっぱり楽だし、服装について同僚と話すこともあり、コミュニケーションの機会も増えた」とのこと。
群馬銀行に限らず、地方銀行に少しずつ広まる服装のカジュアル化ですが、賛否両論あるようです。服装のカジュアル化を進める某地方銀行と取引のある社長が、「近所に散歩するような服装で大金の話をされると切ないね」とぼやいていました。
筆者自身もカジュアル化が進む役所に赴いた際に、足のすね毛丸出し短パン姿の男性職員を見て、ぎょっとしたことを思い出しました。ルールがないだけに、その人そのものが現れるともいえます。
カジュアル・フライデーが発端
日本でのカジュアルウエアは、1990年代、アメリカから日本に上陸した「カジュアル・フライデー」が発端です。シリコン・ヴァレーにあるハイテクベンチャー企業の発案で、金曜日まで働いた歓び、特別な日、だから服装も個性に合わせて切り替えようという発想です。ところが、日本ではゴルフ帰りのような服装の管理職が社内を横行し、個性を表すことのできるカジュアルウエアのはずが、脱個性の延長線でした。当時のサラリーマンにとってカジュアルの着こなし難易度は高かったといえます。
その後、2005年に始まったクールビズ。当時の環境大臣だった小池百合子氏が打ち出し、一大ブームとなりました。半袖スーツの政治家も現れたことには驚きましたが、あくまでもビジネススタイルであることがとっつきやすかったのか、ここから本格的にカジュアルウエアのマーケットが広がっていきました。思い返すと、この頃からファッションスタイリングの依頼が増えてきました。
日本人にとって洋服の歴史は浅く、幼いころからTPOに応じた服装について教わる機会はほぼありません。ドレスコードという西洋のルールがありますが、理解している人も少ない。そんな日本人がカジュアルウエアを着こなすまでには時間がかかることは想像できました。
カジュアルウエアで失敗しないために!
最近の婚活イベントにおけるファッションアドバイスは、スーツではなくカジュアルコーディネイトの依頼が増えています。婚活パーティ業界においても服装のカジュアル化が進んでいるのでしょう。スーツを着用すればよかったものが、カジュアルとなるとどうしていいかわからない。今でもそんな男性が多いように思います。
フォーマル・ウエアは公式の装い、セミ・フォーマル・ウエアは非公式の装い、カジュアルに込められる思想は、リラックスとプライベート。個人的な自由な装いです。だからこそ、その人の思想や個性そのもの。個性を表現できるツールですが、個性を良くも悪くも暴き出してしまう媒体といえます。また、どこかで線引きしないと限りなくだらしなくなる恐れもあります。
婚活においても、銀行においても、その他ビジネスシーンやプライベートにおけるさまざまなシーンで間違った情報を相手に与えないためにも、参考になるランク分けをご紹介します。
1.クラシック・カジュアル
2.タウン・カジュアル
3.スポーティ・カジュアル
4.リゾート・カジュアル
5.ワーキング・カジュアル
6.ミリタリー・カジュアル
7.ラフ・カジュアル
1は、よくいうビジネス・カジュアルでブレザー・スタイルやVネックやプルオーバー・スタイルセーター、靴はスリッポンなどを合わせます、もっともきちんとしたカジュアルスタイルです。2は1の発展形で、ノータイスタイル、チノパン、ボタンダウンシャツなどで、きちんとした印象を温存します。前述した銀行が容認するポロシャツやスニーカーは3のスポーティ・カジュアルに入ります。テニスコートで着用されていたスタイルですね。4においてはバミューダ・パンツ、ブルゾン、コットンパンツなど、まさにリゾート地で着用するスタイルです。5は、オーバーオールなど米国の農業に従事する人々の服が発端のスタイルですが、日本のニッカポッカなどもこれにあたります。6は、もともと人に見せるものではなく隠れるための服装のため、粗雑な印象を他人に与えてしまうことを知っておきましょう。カジュアルが許されたからといって銀行内での迷彩柄は避けたほうがいいでしょう。ストリート系ファッションが7に含まれ、新進気鋭の若手デザイナーによるものが多いようです。
以上のように範囲が広いカジュアルだけに、どこで誰と会い、何のためにそこに行くのかを考えて服装を選ぶことが大切です。リゾート地でショートパンツは当たり前ですが、ホテルラウンジでビールを飲むときにクラシック・カジュアルかタウン・カジュアルに着替えるのは欧米人。日本人はリゾート・カジュアルのままの人が多いようです。カジュアルな服装は、場所と時間をかんがみて、スーツスタイル以上に、取っ換え引っ換え着替えることが基本なのです。
先述した群馬銀行における服装大改革の担当者は、「TPO(とき、場所、場合)に応じて服装を自分で考えることが自律性向上に繋がり、サービスにも生きると考えている」と話しています。今日会う相手がどんな人でどういう関係性でありたいか。相手とのコミュニケーションをイメージしながら服装を選ぶ。その基本を押さえれば、相手に好感は持たれても不快感につながることはないはずです。服装は口ほどにものを言うのです。
カジュアルが許されたビジネスの場で許容できる範囲の3点
(Up&Coming '24 新年号掲載)
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