株式会社フォーラムエイト
オートモーティブ アドバイザー

松井 章

Akira Matsui

1959年生まれ。三重県伊勢市出身。大学卒業後、1984年に某自動車会社に入社。空力性能を中心としたクルマの運動性能評価を担当。
その後、電子制御システムの開発部署に異動し、ABS/ESPやADAS/AD関連の開発に従事。さらに、インフラ協調システムや、MaaSの企画・開発も担当。退社後、現在は、フリーランスとして、クルマ開発に関する各種業務を受託。

第4話 クルマのツナガル化

はじめに

第4話は、「CASE」の「C」。クルマの「Connected (コネクテッド)」を取り上げます。

クルマ業界での「コネクテッド」とは、「通信技術を使って、クルマが直接的にインターネットをはじめとした外部環境とツナガル」ことを意味し、そのような機能を持ったクルマを「コネクテッドカー」と呼びます(図1)。さまざまなモノがインターネットにツナガルというIoT(Internet of Things)という言葉は、ご存じのことと思いますが、クルマもひとつのモノとして、IoTの仲間入りをするということになります。

少し前は、このような技術は、「テレマティクス:Telematics」と呼ばれていました。これは、「通信:Telecommunication」と「情報科学:Infomatics」を組み合わせた造語です。目的や、要素技術は、「コネクテッド」と本質的には同じものであり、あまり違いを気にしなくてもいいと思いますが、「テレマティクス」は、ナビやドラレコといた機器がツナガルといったイメージが強く、「コネクテッド」は、クルマ自体をひとつの通信端末として位置づけ、クラウドを介し、社会システムとも繋がった大きなプラットフォーム全体を指す進化系の上位概念にあたります。「コネクテッド」のバックボーンとなる通信やインターネットの環境は、インターネットの普及や「5G」の実用化など携帯網の高速化・高品質化などにより、飛躍的に向上しています。

クルマは、「走る」「曲がる」「止まる」という基本機能に、「ツナガル」機能が加わることにより、格段に便利で快適な道具となり、エンタメサービスはもちろん、運転支援・自動運転システムやシェアリングサービスなどの実現にも欠かせない機能となっています。またクルマの魅力度アップのわかりやすいポイントとして、各社がしのぎを削って開発を進めている状況です。

コネクテッドカーは、「4つのタイヤがついたスマートフォン」という表現をときおり見かけます。意図したキャッチーな表現でしょうけど、長年、地道にクルマの開発にかかわってきた筆者は、多少の反抗心を感じます。安心・安全で、快適なクルマは、4つのタイヤをポイっとくっつけるように簡単には開発できません。いにしえのクルマ屋の希望ですが、あくまでタイヤがついたクルマが主体で、スマホのような機能も搭載されているのがコネクテッドカーであってほしいと思っています。自動運転の、しかも空を飛ぶようなクルマになれば、もしかしたらタイヤは申し訳程度に、ついてりゃ十分‼くらいになるのかもしれませんけどね。


図1 コネクテッドのイメージ

さまざまなツナガルサービス

すでにさまざまなツナガルサービスが実用化されています。サービスの内容によって、ツナガル先やツナガリ方も様々です。代表的なツナガルサービスをいくつか挙げてみます。

ETC(自動料金支払いシステム)は、誰もが知る身近で便利なツナガルサービスです。5.8GHzの高周波数帯の電波を使って、クルマに搭載されたETC車載機と料金所のETC専用ゲートが通行料金情報などをやりとりし、走行しながら、電子決済を行います。車載機の購入助成や利用料金割引などのETC普及施策の効果もあり、国土交通省によれば、料金所におけるETC利用率は、いまや95%に迫る状況だそうです。

次に、VICS(Vehicle Information and Communication System)というサービスを紹介します(図2)。公安委員会や道路管理者から収集した渋滞情報や交通規制情報などをVICSセンターが集約。FM多重放送や道路に設置されたビーコンを使って、VICS受信機が内蔵されたカーナビに届け、ドライバーに情報提供するサービスです。ちょっとややこしいですが、ビーコンは、一般道路には赤外線を使ったもの、高速道路にはETCと同様の電波を使ったものが設置され、それぞれの交通情報が配信されます。VICS車載機の累計出荷台数は8000万台にもなります。

また、第2話で話題にしたように、走行中のクルマ同士や、クルマと信号機といった道路施設などが通信し、安全運転を支援するサービスが、「ITS Connect」という名称で実用化され、現時点では、トヨタ自動車が発売するクルマに搭載されています。これには、専用の760MHz帯の電波が使われています。さらに、クルマと人が持つ端末が通信することにより、死角からの子供の飛び出し事故の予防などに貢献するシステムの研究もおこなわれています。

図2 VICS

さまざまなツナガルサービスのなかでも、現在注目を集めているのは、携帯キャリアが提供する携帯網を使ったインターネット接続によるものだろうと思います。接続方法は、必要時にみなさんがお持ちのスマートフォンをナビゲーションなどと接続したうえで、通信デバイスとして利用する場合もありますが、現在の主流は、クルマに搭載された通信専用のデバイスが携帯網に「常時」接続されている形になります。いつでもどこでも繋がっていて当たり前のスマートフォンがそうであるように、インターネットへの「常時」接続により、利便性は圧倒的に向上します。

紙面の都合もあり、次項以降は、この携帯網によるツナガルサービスに焦点をあてます。

携帯網をつかったツナガルサービス

ネット型ナビゲーション、音楽のストリーミング再生や、ゲームなどのインフォテイメントの他にもクルマならではの特徴あるサービスをいくつか挙げてみたいと思います。下記以外にも盗難車両追跡システムや、事業所向け運行管理システム、リモートメンテナンスサービス、遠隔車両操作、オペレータによるレストラン予約サービスなど、たくさんの実用的なサービスがあります。

テレマティクス自動車保険

交通事故の未然防止を目的として、ドライバーの運転行動を評価して、安全運転と判断された場合には保険料を割引し、安全運転を応援するタイプの自動車保険です。車載の速度センサーやGPSを使用して、走行速度、加速度、走行場所や距離、運転時間などの運転行動データをクルマが収集し、保険会社のセンターに送信、分析した運転実績に応じて割引率を計算します。ドライバーは、自身の運転データを自ら確認することにより、安全運転への気づきや料率割引のためのヒントを得ることができます。このサービスは保険会社各社から商品化されています。

緊急通報システム

走行中に交通事故や急病が発生したときに迅速な救助を可能とするサービスです。ドライバーによって緊急通報ボタンが押された場合や、交通事故によりエアバッグが作動した場合には自動的に専用の緊急電話番号にクルマの位置情報と車両情報が発信されます。通報を受け取った緊急通報センターは、クルマに付いている通話機器でドライバーとの通話を試み、応答がないなど、事故の状況に応じて、救助機関に救急車両の出動を要請するサービスです。日本では、HELPNETという会社がこのサービスを提供しています。欧州では、2018年より新車への装備が義務付けられています。

通れた道マップ

個々のクルマから得られる走行データをプローブ情報と呼んでいます。もともとプローブとは、測定対象物の特性などを測定するための探針のことであり、個々のクルマがその針の役割を担うことになります。ビッグデータといわれるたくさんのプローブ情報を収集・分析して移動支援や安全運転支援に役立てる取り組みが実用化されています。通常は、自動車各社が独自にデータを収集し、自社の顧客に交通情報の提供を行っていますが、東日本大震災の時に、被災地での避難や救援物資の迅速な輸送などに活用するために、各社のプローブ情報を匿名化し、統計的に集約し、通行実績情報(通れる道マップ)として公開する仕組みが構築されました(図3)。それ以降も、地震や台風による豪雨災害など大きな災害時には同様の情報提供がされています。人道支援を目的として、各社の垣根を超え、官民が連携することによって実現できた素晴らしいサービスであると考えています。


図3 災害時通行実績の集約/配信スキーム

ソフトウェアアップデート

最近のクルマは、スマートフォンと同じように無線通信を使って、エンジン制御などのソフトウェアのアップデートをすることできるクルマが、普通になってきています。その技術は、OTA(Over-The-Air)といい、新しい機能の追加や、バグの修正、セキュリティ改善、性能向上などのために、OTAによるアップデートを適用します。ユーザーは、ソフトウェア更新するためにディーラーにクルマを持ち込む必要がなくなり、自動的にソフトウェアの最新バージョンを受け取ることができます。

OTAには、この後述べるようにセキュリティ上の懸念を伴います。セキュリティ対策が織り込むためのソフトアップデートの場合もあり、ドライバーも面倒がらずに、「なるはや」での最新版へのアップデートを心掛ける必要があります。

ツナガルリスク

悪意あるハッカーが企業のサーバーなどにアタックし、工場の生産を停止させたり、機密データや個人情報を盗み出したりするなどのサイバーセキュリティに関するニュースが、時々報道されています。残念なことにクルマがツナガルことによって、クルマそのものが攻撃対象となり、同様のサイバーセキュリティの脅威にさらされる可能性があります。車両の盗難、ドライバーのプライバシーの侵害だけでなく、車両システムの乗っ取りによる危険運転操作などの安全への脅威も想定されています。

クルマのサイバーセキュリティは、自動車産業がデジタル化し、ネットワークに接続する車載システムが増加するにつれてますます重要性を増しており、重要課題として、世界の自動車会社、部品メーカーを中心に取り組まれています。車載システムのセキュリティを向上させるため、ファームウェアのアップデート、データ暗号化、アクセス制御、侵入検知システムの導入などの様々な対策を講じていますが、ドライバーもソフトウェアアップデートの適切な実施や、BluetoothやWi-Fiなどの通信機能の正しい利用・設定などを心がける必要があります。

これからのツナガルサービス

ラスベガスでのちょっと未来感のあるユニークなツナガルサービスを紹介します。予約されたレンタカーを無人の状態でお客さまの元へデリバリーするサービスが試行されています。クルマのカメラで撮影した周辺の風景が管理センターに送信され、訓練された係員がその風景を見ながら、グランドツーリスモのハンドルコントローラのような装置を操作し、実際のクルマを遠隔運転します。データの送受信は携帯網の性能をフル活用して行われており、クルマの「ツナガル」機能を、最大限に活かしたサービスのひとつと思います。本講座第1話にも登場した、「流星号応答せよ!(あまりにふるいですが・・)」を思わせるようなサービスが実用化されつつあり、個人的にとても興味をそそられています。

他に、コネクトサービスの進化系として、メタバース技術の活用が検討されています。それぞれの車が収集した走行環境データに基づき、クラウド上に仮想的なもうひとつの交通環境が構築され、ARディスプレイを使って走路前方道路で起こっていることを可視化表示したり、遠くにいる友人などをアバターとしてクルマに同乗させ一緒にドライブしたりすることなどが検討されています。もちろん、目的地まで実際に移動して、友人・恋人に逢い、温泉に入り、特産のグルメを頂くのが、至上の楽しみではありますが、メタバースのような技術を併用するとライブの時間をもっと楽しくすることができるのかもしれません。フォーラムエイトが手掛けるメタバース、デジタルツインやVR技術の活用や連携も考えられます(図4)。興味のある方は、ぜひ、フォーラムエイト営業担当までお声がけください。

図4 フォーラムエイトのメタバース技術
(FORUM8 Rally Japan 2023メタバース内のサービスパークで
ライブビューイングを視聴する様子)

Windows95が大きな契機と言われるインターネットの普及は1990年代の後半のこと。最初のころは「何に使えるのか?本当に必要なのか?」という懐疑的な意見もありましたが、10年そこそこでインターネットは世界を変革。さらに接続端末は、PCからスマートフォンに取って代わりました。クルマの本格的な「コネクテッド化」は、まだ10年経過していません。クルマの「コネクテッド」も、クルマそのものの形や利用形態を大きく変革する可能性があります。コネクテッドカーは、現在世界中でものすごい勢いで普及しています。数の規模でいえば、スマートフォンには敵わないのかもしれませんが、世界中を走り回って、さまざまなデータをアップロードし続ける超巨大なネットワークの誕生が期待できます。「クルマでもスマートフォンと同じことができる」を超えて、クルマならでは、特徴のあるツナガルサービスが生み出され、クルマは生まれ変わったといってもいいほどの変革を遂げるものとの期待を込めて筆をおきます。

(Up&Coming '24 新年号掲載)



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