連載 Vol.5
吉川 弘道東京都市大学 名誉教授
早稲田大学理工学部卒業、工学博士、コロラド大学客員教授(1992-3年)。専門は耐震工学、地震リスク、鉄筋コンクリート。土木学会論文賞、土木学会吉田賞他受賞。著書に『都市の地震防災』(フォーラムエイトパブリッシング)他多数。現在、インフラツーリズム推進会議議長を務めるほか、「魅せる土木」を提唱。‘土木ウォッチング’、‘Discover Doboku’を主宰。土木広報大賞2019(土木学会)準優秀部門賞(イベント部門)受賞。
Episode13
2000kW級風力発電:陸上から洋上へ
― 着床式洋上風力発電実証研究(NEDO) ―
■再生可能エネルギーの特徴
太陽光・風力・地熱・中小水力・バイオマスなどの再生可能エネルギーは、温室効果ガスを排出せず、国内で生産できることから、エネルギー安全保障にも寄与できる有望かつ多様で、重要な低炭素の国産エネルギー源。
再生可能エネルギー(Renewable Energy)のエース格と目される風力発電は世界的に普及が進んでいるが、我が国では今世紀に入りようやく導入件数が加速している。そして、現在では、風車の立地が従来の陸上から洋上に移行している。いわゆる洋上風力発電(Offshore Wind Power Generation)の登場で、既にヨーロッパ数か国が先行している。
そこで、新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDOが主導する、千葉県銚子沖の沖合風力発電実証研究を紹介したい[Photo1],[Photo2]。ここでは、大型の着床式洋上風車および近傍に設置された洋上風況観測タワーが主役であるが、NEDOの公開資料に拠れば...
洋上風車:
陸上で主流の2,000kW級の国産風車を用い、塩害対策や遠隔操作を可能とするシステムを搭載した風車。
洋上風況観測タワー:
洋上風車から285m離れた位置に設置。海面高さ200mまでの風向/風速を観測できる観測施設。洋上風車と観測タワーともに、沖合に設置されたのは国内初とのこと。
[Photo3]は、沖合に風力発電所を複数建設する近未来図である。長い海岸線を持つ我が国の沖合に、100m超の風車が並立するその姿は誠に壮観であり、頼もしくもある。
今回は次世代の再生可能エネルギーの実証研究を採り上げたが、“2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする目標”が掲げられ、風力発電の期待は増すばかりである。この洋上風力発電を物語は、そのまま若者(≒次世代)へのメッセージでもあり、高校生/大学生諸君が、何かワクワク感/高揚感を感じて貰えればこれに勝るものはない。未来はすぐにやってくる。
【資料・画像提供:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)】
【参照:プロジェクト概要】
Episode14
土木の曲線美(コンクリート編)
― コンクリートは、曲線と曲面が得意なのです ―
■コンクリート材料の特徴
土木建築原子力構造物に多用されるコンクリート材料は可塑性が特徴であり、造形の自由度が高い。これまで、様々な曲面型枠が製品化され、かつコンクリート材料の調配合や打設方法にも長足の進歩がある。
土木構造物には曲線構造や曲面構造が多く用いられているが、ここではコンクリート材料の特性を生かした構造物として、4つの事例を紹介したい。同じものは二度と建設されないであろう一品製品は、時代を感じさせないコンテンポラリーな曲線美を体現している。
☆☆☆
[Photo1] PC5径間連続逆ランガーアーチ橋(徳島自動車道 池田へそっ湖大橋:平成12年(2000年))
数あるコンクリートアーチ橋の中でも、この池田へそっこ大橋は何か心惹かれる。橋長705m最大スパン200mの5径間連続道路橋は、RC逆ランガーとPC箱桁ラーメンの併用により見事な構造美を呈している。直線部材が併用されてこそ、アーチ部材の優美さが生きてくるのでは。
1 徳島自動車道池田へそっ湖大橋
(提供:四国徳島三好市公式観光サイト)
☆☆☆
[Photo2] プレキャストPC半球シェル(つくば科学万博 国連平和館:昭和60年(1985年))
大空間を構築するための架構方式として球面シェル構造が採用されている。直径41mの完全球体の底部18/40を切取った構造。緯度9°のプレキャスト部材×40モジュール(1モジュール4分割)を専用工場にて製作し、現地にて組立て/緊結された。万博会場内に競うが如く設置された多くのパビリオンの中でも、シンプルな構造美と室内の大空間が異彩を放っていた。
2 つくば科学万博 国連平和館(提供:安藤ハザマ)
☆☆☆
[Photo3] 卵形をした汚泥消化タンク(横浜市北部汚泥処理センター:1980年代)
西ドイツ(当時)より導入された卵形消化タンクは、その優美な構造形式が大きな話題となった。精緻な中空軸対称シェル構造は、汚泥物の攪拌性能と保温効果の優れた効率的な汚泥処理能力を併せもつ。一方では、3次元の耐震設計/構造解析、2方向プレストレスの導入、曲面構造の施工など、高度なテクノロジーと蓄積された経験値が要求される。
3 卵形汚泥消化タンク(提供:鹿島建設)
☆☆☆
[Photo4] モルタルカテナリー(東京都市大学コンクリート研究室:2010年頃)
建築家アントニ・ガウディがこよなく愛したカテナリー曲線を特殊モルタルで制作した。市販のゴムチューブに流動性モルタルを圧入後、数日かけて硬化させた。チューブを撤去し、反転して出来上がり。注入時は全引張応力状態,反転して全圧縮応力であり,重力を利用してカテナリー曲線(まさしく懸垂曲線)を忠実に再現している。
4 モルタルカテナリー
(制作:都市大コンクリート研究室)
☆☆☆
アーチダムやアーチ橋など曲線構造/曲面構造は、コンクリートの得意とするところであるが、3DCADやBIM/CIMの発展普及により、多くの構造形式が試みられている。合理的に設計された曲線構造/曲面構造は機能性と造形美を兼ね備えている。既に、曲面型枠や材料の高性能化が進み、これからどんな造形美が生み出されるのか、楽しみである。
Episode15
明治/大正/昭和/平成/令和に連なる余部梁
― 鋼トレッスル橋はエクストラドーズド橋に代替わりした ―
■施設データ:JR山陰本線 余部橋梁(兵庫県)
・発注者:JR西日本
・形式: 5径間連続PC箱桁エクストラドーズド橋
・上部工:橋長310.6m,最大支間長82.5m,主塔高さ5.0m
・下部工:橋脚4基、橋台2基
・供用:平成22年(2010年)
明治45年(1912年)に建設された、JR山陰本線余部鉄橋(あまるべてっきょう 兵庫県香美町)は、当時、東洋随一の鋼トレッスル橋(Steel Trestle Bridge)として多くの人々に利用されていた[Photo1][Photo2]。戦後、地元の要望のもと餘部駅が開設されたが、日本海沿岸の厳しい気象条件を受け、遅延/運休が頻発していた。また、昭和61年(1986年)に列車転落事故が発生し、平成期に入り余部鉄橋対策協議会が発足した。
1、2 旧余部鉄橋:鋼トレッスル橋
【提供:土木学会附属土木図書館】
【出典:土木学会附属土木図書館 デジタルアーカイブス土木貴重写真コレクション】
日本最北端の地、北海道稚内。そこには、当地の繁栄を支えた稚内-樺太大泊間稚泊航路(ちはくこうろ)の歴史を語る巨大な建造物北防波堤ドームが現存する。稚内港の築港計画は大正期に始まるが、このドームは、昭和11年(1936年)航路の港湾施設として誕生した。
現在、コンクリート製の半アーチ式ドームは80余年の星霜を重ねたが、原型保存と補修/補強により、防波堤として現役を貫いている[Photo1], [Photo2]。平成期に入り、北海道遺産および土木学会選奨土木遺産に選定されている。
100年にわたり当地の厳しい風雪に耐えてきた橋梁も「安全輸送の確保」「現実的な維持管理」の観点から、コンクリート橋への架け替えが決定され、2007年から工事が開始し、平成22年(2010年)に現在の新橋が完成した。新余部橋梁は最先端の橋梁技術を駆使し、PCエクストラドーズド橋(PC Extradosed Bridge)として再生したのだ[Photo3]。
3 新余部橋梁:PCエクストラドーズド橋
餘部駅には旧橋の一部を利用した展望施設“空の駅”や公園施設も併設され、貴重な旧橋の鋼部材の一部が現地に保存/展示されている[Photo4]。当地の新しい鉄道観光施設の誕生である。また、旧余部橋梁(余部鉄橋)は、土木学会選奨土木遺産として登録されていることも付記したい。
選奨理由:「明治末期に東洋一の橋りょうとして建設され、また適切な補修により1世紀にわたりほぼ建設当時の姿を残した貴重な土木遺産」
4 現地に展示されている旧橋の鋼桁
さて、旧橋誕生から100年を経て代替わりしたJR山陰本線余部橋梁は、明治/大正/昭和/平成/令和の5代に渡る鉄道橋のクロニクル(年代譜)を体現している。鋼製の旧橋(鋼部材は米国製とのこと)もコンクリート製の新橋も本物を間近で見ることができ、次世代に伝えたい橋梁工学の博物館でもある。
***
追伸:余部橋梁は数々の受賞歴を誇る。プレストレストコンクリート技術協会賞(作品部門)、土木学会賞(田中賞作品部門)、エンジニアリング功労者賞(エンジニアリング振興)、日本コンクリート工学会賞(作品賞)
Episode16
過酷な自然に対峙するタウシュベツ川橋梁
― 神々しくそそり立つ11連の連続アーチ橋 ―
■施設データ:タウシュベツ川橋梁(北海道)
・旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群の一つ。北海道遺産に選定されている。
・形式: コンクリートアーチ橋(径間10m×11連、全長130m)
・供用:昭和12年(1937年)、廃線:昭和30年(1955年)
・参照:https://www.kamishihoro.jp/place/00000072
北海道上士幌町(かみしほろちょう)のダム湖糠平湖(ぬかびらこ)を横断する全長130mのタウシュベツ川橋梁は、多くの見学客や写真家を魅了する究極のインフラツーリズムスポットである。タウシュベツ川橋梁は旧日本国有鉄道士幌線の一部で、(現地説明板によれば)昭和12年(1937年)に建設され、戦後、昭和30年(1955年)に路線の敷き変えにより廃線になり、そのまま存置されている。
発電に湖水を使用する糠平湖は、電力需要に応じて水位が変動する。年によって異なるが、晩秋に満水となり姿を隠し、冬季に水位を下げ春先にその11連アーチを露にする。毎年見え隠れするため“幻の橋”の異名をとり、四季折々の自然環境に千変万化する姿形は感動的でもある([Photo1]から[Photo5]までの写真をご覧あれ!)。
1 【林直樹氏2015年8月撮影】
2 【草野みゆき氏2019年9月撮影】
3 【林直樹氏2020年9月撮影】
4 【草野みゆき氏2019年9月撮影】
5 【提供:上士幌町観光協会 2006年2月撮影】
この鉄筋コンクリート高架橋は、当地の厳しい気象条件のもとかなりの劣化/損傷を免れず、年々朽ち果てていくその様子が話題になっている。極寒期には最低気温が-25℃を下回ることもあり、日較差が大きいことも凍害を促進する。コンクリート工学的には、凍結融解作用(freezing and thawing cycles)と呼ばれる、凍結と融解の繰り返しによる寒冷地特有の劣化現象である。当地のタウシュベツ川橋梁は、前例のない長期の暴露試験を継続していることになる。加えて、平成15年(2003年)に発生した十勝沖地震の洗礼を受けているとも聞いている。
☆追伸:
現地見学には、下記センターが主催するツアー(有料/予約制)をお勧めします。
NPOひがし大雪自然ガイドセンター
また、当センターには、気象情報などを取材させて頂きました。
吉川 弘道 氏 関連サイト
Discover Doboku 日本の土木再発見 https://www.facebook.com/DiscoverDoboku
土木ウォッチング -インフラ大図鑑- https://www.doboku-watching.com/
フォーラムエイトはfacebook、Twitter、Instagram等の各種SNSで最新の情報をお届けしています。この度、吉川弘道氏執筆による『土木が好きになる27の物語』の連載がFacebookページでスタートいたしました。ここではfacobookで公開されたエピソードを順次ご紹介していきます。
(Up&Coming '21 春の号掲載)